有休5日取得義務化により、公休→有休とする会社があるらしい話~就業規則の不利益変更について~

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2019年4月1日、いわゆる働き方改革の一部が施行され、企業はその規模の大小を問わず、労働者に対して原則年次有給休暇(以下有休とする)を5日間取得させる義務が発生することとなりました(有休の付与日によっては4月1日より後に、義務が発生する場合もあります)。一連の働き方改革は多岐に渡りますが、この有休5日取得の義務化については、確実に労働環境の改善といえます。有休を取得しないことを美徳と考える一部の方には迷惑かもしれませんが、ほとんどの労働者に取っては喜ばしいこと、プラスのことと考えられます。しかし、「有休5日の強制取得により求められる「有休」に対する意識改革」でも一部触れましたが、筆者は以前友人から、「社長が朝礼で、『5日間有休を取得しなければいけなくなったので、年末年始を有休扱いにします』と言っていた」とのSNS投稿を見せられ、「どうせうちの会社もこういう対応になる」と諦め顔でぼやかれました。似たような事例は多々あり、「どうせ何も変わらない」と冷めた目で見る労働者は、少なくない印象です。

ですが、結論から言いますと、この変更はまず認められません。今回は労使ともに軽視しがちな、「就業規則」の意義と重要性について解説します。

労働条件はどのようにして決まるか

賃金や労働時間、休日などの労働条件は、どのようにして決定されるのでしょうか。大原則としましては、民法における一般的な契約と同様に「合意」によって決定されます。労働契約法第6条にて、「労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、労働者及び使用者が合意することによって成立する。」と規定されています。しかしながら、労働者というものは経営者と比べて弱い立場に置かれやすいとの考え方から、労働者を保護する必要があるとして、様々な制約が課せられています。具体的には、法律・労働協約・就業規則によって、制約を受けています。

まず、法律については、例えば労働基準法や最低賃金法が定める基準を下回る労働条件は無効となります。労働者が契約書にサインをしていたとしても、休日が月に1日しかない契約や、時給400円という契約は無効となります。労働基準法第13条には「この法律で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とする。この場合において、無効となった部分は、この法律で定める基準による。」と定められています。

次に、労働協約とは企業と労働組合との書面による合意のことです。これも個別契約より強い効力を持ちます。今回のテーマとは少々外れますので、詳細な説明は省略します。

最後、就業規則ですが、労働契約法第12条には、「就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については、無効とする。この場合において、無効となった部分は、就業規則で定める基準による。」と定められており、前述の労働基準法第13条と大変良く似ていますが、就業規則に定めた労働条件より低い契約は無効となります。労働者の合意があれば、就業規則より低い水準で労働契約を結べると考える人も少なくはないのですが、これはよくある勘違いでして、その労働契約は無効となり、自動的に就業規則の水準まで引き上げられることとなります。就業規則に「住宅手当は一律20,000円」と定めておきながら、個別の契約で「住宅手当は5,000円」とすることはできないのです。

なお、就業規則については、労働契約法第7条において、就業規則の内容が合理的なものであれば、労働者へその内容を周知するだけで、就業規則記載の労働条件が労働契約内容となるとされています。つまり、周知さえしておけば(誰もが閲覧可能な状態にしておけば)、採用時や契約更新時の契約書に、「その他の労働条件は就業規則による」等の文言がなくても、その労働契約は就業規則に拘束されることになります。

公休→有休は就業規則の変更である

さて、少し遠回りしましたが、有休5日の取得義務を果たすために、公休日であった年末年始を有休扱いに変更するというのは、すなわち就業規則の変更にあたります。有休扱いにするということは、労働義務のある日として扱うということです。個別に変更の合意を取り付けたとしても、就業規則を下回る労働条件になりますから、前述のとおり変更は無効になります。労働組合がそのような変更に応じるとは思えませんから、就業規則を変更するしか方法はないわけです。しかしながら、就業規則の変更というものは簡単にはできないよう、法律で規制されています。就業規則は会社が自由に変更できるものだと考えている方も案外多いようですが、そんなことはありません。労働者保護の観点から一定の制約を設けています。

労働契約法第8~10条を見てみましょう。

労働契約法第8条「労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる。」

同第9条「使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし、次条の場合は、この限りでない。」

同第10条「使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない」

第8~10条を要約しますと、「労使の合意によって、労働契約の変更ができる。合意がなければ、労働者に取って不利益な就業規則の変更はできない。しかし、その変更が不利益の程度や必要性を勘案して合理的なものであれば、変更することも可能である。」ということになります。

公休日を労働義務のある日へ変更するということは、明らかに労働者に取って不利益となりますから、第10条で規定されている合理性がなければ変更は認められないことになります。

不利益変更の合理性を考える

この合理性があるかないかについては、どのように判断するのでしょうか。「就業規則の不利益変更」をめぐっては、数えきれないほどの裁判が行われています。特に有名なものでいうと、昭和43年秋北バス事件、平成9年第四銀行事件、平成12年みちのく銀行事件などがあります。数々の判例・裁判例の中で判断要素となっているものが、①不利益変更の程度、②変更に高度の必要性があるかどうか(経営難や企業再編など)③代償措置が設けられているかどうか④労働組合等との労使交渉や労働者への説明手法⑤業界内や社会一般の状況、などです。他にも考慮される点はありますが、おおむね上記のような要素を総合的に判断することになります。

不利益変更の合理性判断は、このように多くの要素を複合的に考えていく作業となりますが、今回のテーマである「有休5日間取得日義務化の対応として、年末年始の公休日を労働日に変更する」という就業規則の不利益変更はどうでしょうか。複雑な思考をするまでもなく、公休日が5日間も減少するという賃金カットにも等しい「大きな不利益」であり、「高度の必要性」もなく、代わりに手当が発生する等の「代償措置」もありません。合理性を肯定する要素が全くないと言えますので、変更はまず認められないということになります(手当を支払ったとしても、高度な必要性がありませんので、やはりまず認められません。また、事実上有休の買い取りと同じになり、原則禁止されている取り扱いです)。

なお、合理性がない不利益変更であっても、前述の労働契約法第8条により、労働者との合意があれば変更は可能です。ただ、「反対がなかった」だけでは同意と認められない可能性が高く、たとえ書面にサインをもらったとしても、それが真に自由な意思でもって行われたサインなのかが厳しく問われることになります。今回のケースでは、全く合理性のない大きな不利益変更ですから、「無理矢理サインさせられたのでは」との疑念に反証する材料を揃えることは、極めて困難といえるでしょう。

今後の職業人生、キャリアを考える意味でも就業規則は重要

そうは言っても、会社が強行すれば従わざるを得ない、と思われる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、「法に触れる可能性が極めて高い」取り扱いであると認識できるだけでもプラスだと考えます。会社に対して、違法性があるので改めてほしいと交渉したり、労働基準監督署に相談したりすることもできます。そこまで事を荒立てたくない場合でも、「コンプライアンス意識の無い会社に長く在籍できるだろうか」と今後の身の振り方を考える判断要素の一つになるでしょう。

就業規則の持つ意味を理解することは、管理職のマネジメントや人事部の労務管理においては勿論、一般の労働者すべてにおいて、非常に重要なことです。簡単に変えられない就業規則の内容を見て、将来の労働条件やキャリアについて、考えてみるのもいいかもしれません。

流浪の社会保険労務士

1983年生まれ。最後の氷河期世代。大企業向け社労士法人で外部専門家として培った知見を活かし、就業規則・人事制度・労務手続フローなど、労務管理をデザインする。社労士法人退職後は、シリーズAの資金調達に成功した急成長中ベンチャーに入社。2年後のIPOを見据えた労務管理体制をゼロから構築した。その後、M&Aに積極的な東証一部上場のIT企業にて、前例にとらわれない労務管理体制の改革や新制度の導入、グループ会社に対する労務管理支援を行う。

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