給料を上げたいなら、まず給与明細と就業規則に興味を持とう

  1. 一般ビジネスパーソン向け
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労政時報を見ていると、興味深い視点のコラムがありました。リクルートワークス研究所の主任研究員、中村天江さんのコラムです。ざっくりいうと、「賃金の決定は労使交渉が重要であるが労働組合の組織率が低い(厚生労働省の平成30年労働組合基礎調査によると17%)」「なぜ低いのかと言われれば、労働者が労働組合の機能や重要性を知らないからであると言われている」「しかし、それ以前に労働者は自身の賃金や雇用契約についてさえ知らないのではと感じている」というお話です。

いや全くその通り。筆者も労務相談や一般ビジネスパーソンへのインタビューを行っていく中で、「自分の労働条件に興味がない人」があまりにも多いなと感じているところであります。

労働組合の有無を聞いたら、保険証を取り出された

筆者は、経営者や人事担当者と接するだけでは見えてこないものがあると考え、一般ビジネスパーソンへ労働観(職業観)やモチベーション、退職を考える時はどんな時か等の、インタビューを定期的に行っています。変化する価値観を掴むため、年代は20代と30代が中心です。この中でも、まず労働組合については全く興味のない方が大半なのではと感じています。労働組合が無い会社であれば、それも自然だと思うのですが、不思議なのは「労働組合があることは知っているが、自身が加入しているかがわからない」という人も多く、観念的な表現で申し訳ないですが、なんとも闇が深い問題だなと思います。「加入しているのなら組合費が天引きされているのでは?」との質問の回答は、決まって「給与明細を見ていない」なのであります(これも相当に闇が深い)。極端な事例では、保険証を取り出して、「これを見れば分かりますか?」と言われたこともあります。(そりゃ、健康保険組合だ!)

少々本題から外れますが、労働組合について、なぜ(加入している人も含めて)興味がない人が多いかといえば、これは組合側の問題もあるかなと思います。労働組合の本来的役割というのは、労働者が団結して経営者と交渉し(団体交渉といいます)、労働条件の向上を目指すところにあります。しかし実態はどうでしょうか。団体交渉を行っていることは確かでも、飲み会や交流イベント、政治活動などへ半強制的に組合員を呼び出したりするだけで、「何のための労働組合なのか?」がハッキリと示されていないケースが多いのではないでしょうか。大きな組合であれば広報誌などもありますが、やはりイベントや政治活動、果ては詰将棋や川柳など、どうでもいいものが紙面の大半を占めていることもあり、これでは労働者の興味が失せてしまうのも無理がないと感じます。

手取りだけを見ていては、自分の評価がわからない。給与明細を見よう!

本題に戻りまして、労働組合はさておきとしましても、自身の労働条件について知らない、興味がない、というのはいかがなものかと感じる次第です。

「興味がない」ことの象徴的な事例が、「給与明細を見ない⇒振り込まれた金額しか見ない」ことです。基本給がいくら、手当がいくら、残業代がいくら、天引きされている金額がいくら、という内訳について全く分からないのです。こうなってくると、職場の同僚や他企業の人と比べて多いか少ないか、おかしいのでは?もっと貰えるのでは?と考えて分析することもできません。ここで、「いや、手取り額を見て他人と比べている」という方もいるかもしれません。しかし、手取りは様々な個人的事情により変わります。健康保険料は健保組合によって料率が異なりますし、税金は扶養家族の有無によって変わります。さらには、前述の労働組合費が徴収されていたり、経費精算や社内制度による積み立てが行われていたりする場合もあります。「私はこんなに手取りが低い」と嘆く人によく聞いてみると、社内の財形貯蓄(もちろんその人の財産です)に給与天引きで月2万円を積み立てており、それを引いたうえでの金額でお話をしていました。こうなるともう何がなんだかわかりませんよね。手取りで比較するのはナンセンスなのです。個人個人の給与の多寡を考えるには、給与明細を見て「給与・手当の総額」を見なくてはいけないのです。明細の様式によって異なりますが、「課税支給額」という項目があればそれを見るといいでしょう。課税されている項目のみの合計ですから、実費分を支払う通勤費や経費精算が除かれているはずです(通勤費は金額が異様に大きい場合に課税対象となりますが、詳細説明は省きます)。逆説的に、「総支給額」や「支給合計額」等の総合計から、経費精算や通勤費を除いてもいいかと思います。

※余談ですが、「住民税が住んでいる自治体によって違う」というのは都市伝説です。厳密には、同じ収入でも年間数千円の違いがある場合もありますが、基本的な計算式は同じです。先輩社員の言葉などを鵜呑みにして、恥ずかしいことを口走らないようにしましょう・・

もう一つ、給与明細を見る(自分の労働条件に興味を持つ)ことによって、自身への評価がわかるという利点があります。明細を見ない人の中には、残業代を含めた金額が自身への評価と勘違いし、残業代ありきで住宅ローンを組むなどといった危険極まりない行動を起こす人もいます。いわゆる「固定残業代」であれば、例え残業時間が削減されても収入は変わりませんので、生活レベル決定に加えてもよしと思うのですが(下限のない固定残業代は違法性が疑われます)、ゼロになる可能性のある普通の残業代については、あなたの評価ではありません。時間外労働させちゃってごめんなさいね、という手当に過ぎないのです。

今般の働き方改革によって、「残業代が減った。ローンが払えなくなった。悪法だ!」というような声も聞かれますが、労働時間の上限規制があろうとなかろうと、会社が残業を減らすこと自体全く問題のないことです。そもそも上限規制ができたといっても、残業がNGなわけではありません。やや専門的な話になりますが、特別条項というものを労使で協定すれば、単月で99時間59分まで(いわゆる100時間未満)の時間外・休日労働をさせても違法ではないわけです。もちろん単月だけでなく、2カ月~6か月平均で80時間などの規制や年間ベースでの規制もあります(上限規制の解説ではないので、このあたりまでの説明にとどめます)。ただ、一般的に見て、結構な時間について残業させてもいいわけであって、そのうえで会社が人件費削減や健康管理等の理由から、残業を削減しようとしているに過ぎません。

働き改革が悪いのでもなく、会社が悪いのでもない、残業代を自身の評価と勘違いしてしまったのがいけないのです。(サービス残業はないという前提に立っています。それがあるなら怒りの矛先は法律ではなく会社に向けられるべきです)

住宅手当や家族手当についても、自分の評価というよりは、環境に応じて機械的に、恩恵的に支給される給与です。環境の変化によってゼロになるかもしれません。基本給などが自分への評価だと理解し、低いと思えば「今後の昇給・出世見込みはどの程度か」「転職を考えた方がいいのか」と考えることに繋げられます。

就業規則(給与規程)を見て、今後の昇給・出世見込みを把握しよう

では、「今後の昇給・出世見込み」はどうやって把握するのか。上司に聞いてみるのもいいですが、聞きにくいということもありますし、身も蓋もない話ですが、その上司自体がなんとなくでしか把握していないという可能性もあります。根拠のない肌感覚で説明されては、かえって混乱するだけです。

そこで、就業規則を見ましょうという話が出てきます。就業規則は、会社で働くうえでのルールや、労働条件について記載されています。給与については、就業規則とは別に「給与規程」として整備している会社が多いと感じます。これらは、労働者が閲覧できる状態にしておくことが、法律上求められています。冊子として備え付ける場合もあれば、社内のイントラネットに掲げている場合もあります。

定期昇給がどの程度なのか、役職が上がればどの程度の賃金水準で役職手当がいくらなのか、噂ではなく客観的な資料として参考にすることができます。社員同士の「主任になった時は確か1万円くらい上がった気がする」といった曖昧な会話は全く参考になりません。給料が上がってほしいと考える人が大半なのに、自分の所属企業がどのような給与体系を用いているかに興味がないという矛盾を抱える人が大半なので、先輩上司の会話だけで判断するのは少々危険かなと思います。

ただ、役職が上がった際の給与は規定されていても、役職が上がる要件については定義していない会社も多いので、「出世の見込み」については肌感覚に頼らざるを得ない場合もあるでしょう。また、給与規程が曖昧すぎる、そもそも見当たらない、作ってないと言われた、などの場合であっても、それはそれで今後その会社に居続けることができるかを考える判断要素の一つになるかと思います。

会社の制度に不満を感じるのであれば、労働組合に相談するといったことも選択肢に上がります。はい、ここでようやく労働組合の本来的役割が登場することになるわけです。組合がなければ、直属の上司か人事部に相談ということになりますが、会社によってはハードルが高いかもしれません。制度が整った会社であれば、上司や人事部が定期的に面談の機会を設けていることもありますので、その時にハッキリと疑問をぶつけてみるのがいいでしょう。なお、個人的に加入できる外部の労働組合もありますが、単なる条件交渉で相談する例はあまり一般的ではありません。

皮肉めいたことも言ってしまいましたが、このページを見て、「お金が欲しいと言いながら、自分の給与に興味がなかった」と気づけたのなら、周りに差をつけるチャンスかもしれません。自己への評価を知り、客観的に周囲と比較し、今後の予測を立て、考察することができる。「なんとなくでしか語れない人」からの脱却は、どんな仕事にも活きてくると思います。

流浪の社会保険労務士

1983年生まれ。最後の氷河期世代。大企業向け社労士法人で外部専門家として培った知見を活かし、就業規則・人事制度・労務手続フローなど、労務管理をデザインする。社労士法人退職後は、シリーズAの資金調達に成功した急成長中ベンチャーに入社。2年後のIPOを見据えた労務管理体制をゼロから構築した。その後、M&Aに積極的な東証一部上場のIT企業にて、前例にとらわれない労務管理体制の改革や新制度の導入、グループ会社に対する労務管理支援を行う。

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