ジョブ型雇用は時間でなく成果で評価?移行への障害が時間管理?~非論理的な主張は意識高い「系」へのマーケティングか③~

  1. 社会一般
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前2つの記事において、ジョブ型にまつわる誤解を説明してまいりました。

関連記事1:ジョブ型雇用は時間でなく成果で評価?移行への障害が時間管理?~非論理的な主張は意識高い「系」へのマーケティングか①~

関連記事2:ジョブ型雇用は時間でなく成果で評価?移行への障害が時間管理?~非論理的な主張は意識高い「系」へのマーケティングか②~

特定の新聞記事を取り上げるだけというのもいかがなものかと思いますので、ここでなぜ今ジョブ型が求められているのか、といった観点でのお話をしてみたいと思います。

ジョブ型が求められる背景とは?

お伝えしております通り、「時間ではなく成果で評価する」ことと、ジョブ型が求められる背景はリンクしません。ジョブ型が求められる背景は、下記の通りです。

  • 1.定年延長(+定年再雇用者の人件費増)により、賃金カーブの維持が困難となること
  • 2.中途途採用者(特に専門職種)の不公平感を解消すること
  • 3.技能の陳腐化速度上昇により、賃金と貢献度の乖離幅が上昇している、乖離幅が大きい社員が増えてくる(と予想される)こと

これらに加えて、4.ホワイトカラーエグゼンプション(高度プロフェッショナル制度の対象者拡大)を模索するのであれば、無尽蔵な指揮命令を防ぐためにジョブ型移行(職務範囲の明確化)は必須、ということが挙げられます。

1.定年延長(+定年再雇用者の人件費増)により、賃金カーブの維持が困難となること

別記事:70歳までの就業機会確保が努力義務に?~年金よりも根深い終身雇用の暗部~で述べましたが、今後定年の延長をはじめとする、シニア世代の人件費が増大する流れは間違いないであろうと考えられます。また、同一労働同一賃金(関連記事:同一労働同一賃金とは?~最低限の概要を知りたい人向けのわかりやすい解説~)の要請もあり、定年再雇用者の待遇改善も求められ、ならばいっそのこと定年を65歳まで延長するという企業も出始めています。

で、ほとんどの日本企業においては、メンバーシップ型、職能資格制度で運用がなされていますので、「フィクション」である職務遂行能力の上昇により、特段の成果を上げられなかったとしても、中高年になればそれなり以上の報酬がもらえることになります。もっとも50歳、55歳などで定期昇給が停止となったり、一定年齢において「役職定年」が来て役職手当がつかなくなったりということはありますが、少なくとも「高く積みあがった基本給」が大幅に下がるということはなく、それが60歳どころか65歳、果ては70歳まで続く可能性が出てきているということです。そうなると、これはやはり「70歳までの就業機会確保」でも述べましたが、企業の賃金原資は限られているわけですから、さすがに初任給を含めた若年層の賃金を削るわけにもいかず、どこかで賃金カーブの下方修正を行わざるを得ない。現にJR東海がそれを行った(50代の賃金上昇幅を抑えることになった)とリリースまで行っているわけです。30代後半から40代あたりのミドル世代の賃金カーブが抑えられる可能性だってあります。晩婚化により「一番お金のかかる年齢」が上昇しているとはいえ(正直そういった個人的事情を加味すること自体がいかがなものかといった議論はありますが)、これでは若年世代やミドル世代のモチベーションは低空飛行が続きます。現在の50代が経過措置等で逃げ切りを図るのを尻目に、「いつまで自分たちが割を食うのだ」という世代間対立をも引き起こすでしょう。

そこで、メンバーシップ型とそれに紐づく職能資格制度を脱却し、職務範囲がはっきりとしているジョブ型と役割に応じて(成果に応じてではない!!)給与が決定する職務給へ移行させようというわけです。毎年(自動的に)上がる「職務遂行能力」によって給与が決定されるのではなく、職務を担うために必要な能力を有しているかという観点で職務(役割)を割り当て、その職務(役割)に応じた給与を支払うということになります。極端なことをいえば、新卒社員が担う役割しかこなせないのであれば、給与もその程度になります。

2.中途途採用者(特に専門職種)の不公平感を解消すること

「いつまで自分たちが割を食うのだ」というのも、1社で勤めあげるのが当たり前であれば、考え方次第では「自分たちもいずれ、貢献度以上の給与をもらうことができる」と納得させることもできます。これは、一昔前ならば尚更そうで、「働かないおじさん」「働けないおじさん」にイライラすることがあったとしても、将来自分自身が「最新の技能を身に付けられない」状態になった場合でも、安定した給与がもらえるということにも繋がったわけです。

ところが時代は変わり、価値観の変化や産業構造の変化スピードが早くなったことから、1社のみで勤めあげようと考えることがむしろリスクであると認識されるようになり、一昔前は人生の重大決断であり一歩間違えば転落人生となる「転職」が、誰もが当たり前のように行うイベントに変貌を遂げるわけです。

そうすると、中途採用者に対し、どのようにして給与を設定するかという点で、「単に積みあがった基本給」=「職務遂行能力」がどの程度であるかなんて、元々フィクションだからわからないことになります。もちろん、大体このあたりだろう、として無理矢理当てはめるわけですけれども、既存社員とのバランスで世代間どころか同年代であっても不合理な差がつくなど、納得度の低い給与設定となってしまいます。よくわからない「職務遂行能力」に情意評価も加わるわけですから、これまでの貢献がない「中途採用者」は、管理職級でハンティングする場合などを除いては、どうしても低く抑えられがちです。古い価値観でいえば「それが転職のリスク」「だから転職なんてするな」ということにもなるんでしょうけれども、うまく能力を発揮できない方が滞留することを良しとする社会や選択肢に乏しい社会が本当にベストなのか、という議論も当然あるわけでして、転職前提の社会そのものを終身雇用の価値観に巻き戻そうなんてのは、いささか無理のある話だと思います。専門人材として引っ張ってくるのであれば尚更で、合致するテーブルはなく、むしろ職務の幅が狭いということでやはり給与が低く抑えられることだってある。ゼネラリストよりもスペシャリスト、などとは以前から言われていますが、職能資格制度自体が、スペシャリスト軽視の制度ともいえます。そもそも、1.で述べた賃金カーブの問題もあるわけですから、日本を代表する企業までもが「終身雇用は限界だ」となってしまうわけです。

3.技能の陳腐化速度上昇により、賃金と貢献度の乖離幅が上昇している、乖離幅が大きい社員が増えてくる(と予想される)こと

1.とも大きく関連するのですが、近年はITをはじめとする技術革新のスピードが加速しており、もはや過去の経験則なんてものが(必ずしも)役に立たない時代となっています。さすがに10年以上前に存在した「PCを一切使えないおじさん」は絶滅したのではと思いますが、最近ではもう5年ほど前のビジネスモデルが陳腐化してしまう例すらあるわけで、そうするとミドル世代ですら、賃金と貢献度の乖離が出てくることもあり、そんな状態でメンバーシップ型(職能資格制度)の賃金カーブを維持できるのか、という問題に対峙しなくてはなりません。陳腐化してしまった「能力」に対し、給与を支払う余裕はないでしょう。

以上、3つがジョブ型に移行せざるを得ない背景です。「ジョブ型移行は、賃金を抑えたいがための経団連の陰謀だ」などと主張する方がいますが、こうしてみると、陰謀という表現はいかがなものかとしても、賃金抑制が理由と言われれば「まあその通りでしょうね」ということになります。ただ、高度な役割を担えると判断された方にとっては、年齢に関わらず、その高度な役割に応じた給与をもらえることになります。「ぶらさがり高齢社員」として、嫌みを言われながらも「しがみつく」ことを目論んでいた方が反発するのは仕方ないとは思いますが、自身の能力(職務遂行能力ではない)や専門性に自信のある方が反発しているのでしたら、大きな誤解があるのではとも思います(リベラルな思想をお持ちという可能性もありますが)。

コロナ禍において、全社的なリモートワーク(テレワーク)に切り替える企業が出てくる中、情意評価がしにくい、または指揮命令がしにくいので職務をハッキリさせたい、といった理由からジョブ型の方がいいよね、といった話になるのは理解できるのですが、それはあくまで副次的な理由であって、そもそもの求められる背景ではありません。また、何度も繰り返しになりますが、時間管理とは別軸の問題です。

4.ホワイトカラーエグゼンプション(高度プロフェッショナル制度の対象者拡大)を模索するのであれば、無尽蔵な指揮命令を防ぐためにジョブ型移行(職務範囲の明確化)は必須

プラスアルファとして、4.を入れました。プラスアルファとしたのは、現在において存在しないけれども、一部で議論されている者が実現されるとなれば必須だろうという話だからです。ホワイトカラーエグゼンプション(高度プロフェッショナル制度の対象者拡大)を導入する、つまりは労働時間管理の概念から外すということになるのであれば、そこには職務の明確化がセットであると考えられるからです。そうしないと、会社が無尽蔵に指揮命令をすることも(少なくとも理屈の上では)可能となってしまいます。心身の健康管理や納得性の観点は、なぜかあまり議論されることがありません。

平凡な収入の方に、ホワイトカラーエグゼンプション(高度プロフェッショナル制度)を適用するのなら、ジョブ型移行は必須でしょう。

「時間で評価する」とは、いったい何を指しているのか

日経新聞さんに限らず、「時間ではなく成果で評価」という文言が一人歩きしていますが、そもそも「時間で評価する」とはどういったことを指すのでしょうか。

時間単価を出して、欠勤控除や残業代を支払うということと、昇給昇格の評価に労働時間の長さを入れるということとは、全く違う概念です。前提条件として、就職氷河期において、成果主義を高らかに掲げた企業が多かったことを考えると、現行法において成果で評価するということができないわけではないことがわかります。現に、メンバーシップ型を前提とする中でも、「成果」によって昇給幅に差をつけるといった程度のことは、多くの企業で行われるようになりました(もちろんその成果とやらが、どの程度社員にとって納得性の高いものであるかは、なんとも言えないところですが)。

では、「あなたは今期、誰よりも長く働きましたね。素晴らしい!昇格です。」なんて企業がどれだけあるのでしょうか(ゼロだと断言できないのが日本社会の暗部ですが)。強いて言えば、情意評価にプラスとして働くくらいなもので、「成果はイマイチだけれども、最低限の定期昇給くらいはさせておくか」といった程度でしょう(もちろんこれも、前述した賃金カーブ維持に影響するので、改善が必要となるわけですが・・)。少なくとも、そんな情意評価のみで、管理職に登用するなんてことがまかり通るような時代でもなく、労働時間が長いから評価されることなんてことはないでしょう。

とすれば、結局「時間で評価」という論説は、「残業代を払うか払わないか」といった観点であると導くことができます。評価にフォーカスしているのですから、賃金の多い少ないのお話でしょう。で、単に「残業代を払いたくないだけでしょ?」という安直な物言いのつけ方も、やっぱりちょっと本質から離れた議論となる。といいますのも、「残業代は甘え思想」「サービス残業美化思想」を持つ方々の言説を聞くと、お金というよりはまさに思想的なもので、そこに理屈なんて存在しないのだろうなと感じることが多いからです。徒弟制度といっても過言ではない状態を礼賛し、「時間ではなく成果で」という一見先進的なことを言っているようで、実は懐古主義なのであります。昭和型どころか江戸型かもしれない。ですので、本当に「金策に駆けずり回っている社長さん」でない限りは、単なる「思想」の問題であるようにも思え、だからこそ闇が深い問題だなあ・・とため息をつかざるを得ないのです。

そして、その自分たちの思想を正当化してくれる材料が、「ホワイトカラーエグゼンプション」「時間ではなく成果で評価」であり、うまく利用できそうだなと考えられたのが(実際利用するにも論理が破綻するわけですが)、「ジョブ型雇用」そして「リモートワーク(テレワーク)」であったというわけです。

「経営者視点を持て」などという言葉も、「決算書を読めるように」「利益率を考えた営業を」といったものならば、それはそれで重要なことと思いますけれども、結局単に「残業代は甘え思想」「サービス残業美化思想」を植え付けるための洗脳ワードでしかないことの方が多いのではと感じます。

ホワイトカラーに残業代と厳しい労働時間管理が完全にマッチしていて、現行の法律がベストだとはさすがに思いませんけれども、徒弟制度を理想とするような「思想」が入っている時点で建設的な議論なんてできないわけです。

「経営者視点を持て」という言葉そのものは結構なのですが、経営者と社員では役割が全く異なるわけで、高額報酬の幹部にそれを求めるのはともかく、年収300万、400万台の社員に言いますか?と大きな違和感を覚えるのであります。ちなみに、いわゆるサラリーマン社長や創業者からバトンタッチを受けた社長ではなく、スタートアップで起業する経営者というものは、創業時点では報酬もほとんどなく、少し利益が出せる状態になっても一般サラリーマンと変わらないくらいの役員報酬に抑えて辛抱し続けることが多いということも、当然理解しております。ですが、それを引き合いに、「お前らもサービス残業で」というのは、全く繋がらない話であります。社員からすれば単に雇用契約を結んだだけですし、手足として働いてほしいのなら、契約を守ってくださいということです。なによりも「成功」によって得られる果実が限られているわけですから。「食わせてやってる」「食わせてやりたい」なんてのは、どうにもただの驕りで独り善がりな感覚です。単なる契約の域を出ませんので。

流浪の社会保険労務士

1983年生まれ。最後の氷河期世代。大企業向け社労士法人で外部専門家として培った知見を活かし、就業規則・人事制度・労務手続フローなど、労務管理をデザインする。社労士法人退職後は、シリーズAの資金調達に成功した急成長中ベンチャーに入社。2年後のIPOを見据えた労務管理体制をゼロから構築した。その後、M&Aに積極的な東証一部上場のIT企業にて、前例にとらわれない労務管理体制の改革や新制度の導入、グループ会社に対する労務管理支援を行う。

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