外国人労働者の受け入れ拡大で大きく取り上げられなかった3つの論点~賃上げ圧力が弱まる可能性~

  1. 社会一般
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2018年12月、出入国管理法が改正され、2019年4月から外国人労働者の受け入れが拡大されました。これまで外国人の就労は、高度専門人材や技能実習生、定住者の在留資格を持つ日系人等に限られていましたが、労働者不足に対する手当として、大々的に外国人労働者を受け入れることとなり、事実上の移民政策だという声も上がるほど大きな政策転換となりました。2018年2月、経済財政諮問会議で議題にあがり、その後6月には閣議決定、秋の臨時国会では異例ともいえるスピードで審議が終了し、同年12月に改正入管法が成立しました。

元々経団連からの要望もあり、深刻な人手不足へ迅速に対応したともいえますし、批判的に取るならば審議が不十分な中での拙速な対応ともいえます。

批判はありましたが、法案は可決され、施行されました。法律が施行されて間もない4月中に、新たな在留資格である「特定技能」を取得する試験が、「介護」「宿泊」「外食」の3つの産業分野で行われました。他の産業分野でも2019年度内には試験が開始される予定であり、今後「特定技能」の在留資格で就労する外国人は、各産業分野で定められた受入人数上限まで増加していくでしょう。なお、「特定技能」の在留資格は、試験合格者だけでなく、技能実習2号の修了者(簡潔にいえば、技能実習生として3年勤務した者)についても付与されます。

受け入れ可否の論点はどのようなものであったか

迅速または拙速とも言われるスピードで可決まで至った外国人労働者の受け入れ拡大ですが、国会等ではどのような問題が議論されたのでしょうか。筆者は、この外国人労働者の受け入れ拡大について、重要な論点がマスメディアに大きく取り上げられないまま、議論が尽くされぬままに成立したと考えています。

マスメディアが取り上げた論点は大きく二つ、①現在劣悪な労働環境に置かれている一部の技能実習生の実態を問題視して、同じような境遇の外国人労働者が増えるのは反対だというものと、②文化の違いが大きく、さらにほとんどが非正規社員として低賃金で働くことになりますので、治安が悪化する可能性があるというものです。

しかしながら、①はモラルの問題でしょう。受け入れ拡大の制度そのものの是非とは別問題です。高度プロフェッショナル制度や裁量労働制拡大の議論でもそうですが、制度そのものの是非ではなく、悪用する企業が出てくるとのズレた論点で語られるのは非常に残念です。制度そのものの是非をまず議論して、そのうえで導入するのであれば労働基準監督署や外国人技能実習機構等の関係機関の取り締まりと権限を強化しよう、または導入には関係機関の取り締まりと権限の強化が最低条件だ、という議論をしてほしかったと思います。

「実習生」とは名ばかりで、安価な労働力として扱われている面については確かですが、すべての技能実習生受け入れ企業が劣悪な労働環境を強いているわけではありません。筆者が関わった企業の中にも、技能実習生を受け入れている企業が多数あります。社会保険労務士に顧問を依頼するくらいの企業ですから、コンプライアンス意識が非常に高く、少なくとも意図的に法令違反を犯すことはありません。取り締まり強化は必須といえますが、制度の是非とは切り離して考えるべき問題と考えられます。

②については、単なる感情論といえます。取り上げる価値がないとまではいいませんが、技能実習生はもとより「定住者」の在留資格を持つ日系人の方など、2018年10月末時点で既に146万人もの外国人労働者が活躍しています。飲食業や小売業、製造業、清掃業など、外国人労働者無しでは成り立たなくなっている企業も数多く存在する中で、外国人を感情的に忌避する論調は少々問題があるといえるでしょう。ただ、労働者として長期間の滞在を前提としているわけですから、日本において外国人労働者が結婚し、子育てまで行うということについて、居住する地方自治体に対応(負担)をお願いしなくてはいけません。果たして、地方自治体側との調整や議論は尽くされたのかという疑問は確かに残ります。

大きく取り上げられなかった3つの論点

マスメディアがあまり大きく取り上げなかった重要な論点は、次の3つです。③健康保険の扶養範囲、④対象業種などが法律ではなく政省令で定められる、⑤ここ数年で強まった賃上げ圧力が弱まる可能性、これら3つは各会議や国会審議等では議題にあがったかもしれませんが、各種報道では技能実習生の劣悪な労働環境がセンセーショナルに取りあげられ、広く一般市民に問題点が認知されたとはとてもいい難いと感じています。

まず③についてですが、現在健康保険の扶養範囲に国内居住要件がなく、海外在住の家族も扶養に入れることができる制度となっています。ご存じの通り、扶養家族が何人いようと保険料はそれによって上がることはありません。主に中小企業の社員が加入し、税金も投入されている全国健康保険協会(協会けんぽ)はもちろん、健康保険組合についても非常に厳しい財政事情となっています。外国人労働者が一気に増え、海外居住の家族が扶養に入るとなると、医療費が膨らんでしまい保険料を値上げせざるを得ない状況になることが懸念されていました。

ただ、これについては、2019年通常国会で成立した健康保険法の改正で、解決されます。2020年4月からは、健康保険の扶養に国内居住要件が課され、留学や長期の観光などを除き、原則海外居住者は健康保険の扶養には入れないこととなりました。

④については、法改正ではよくあることではありますが、法律で定めるのは大枠だけで、細かい点については国会審議の必要ない政省令で定めるというものです。国会審議を通さないわけですから、政府の意向がそのまま通りやすいということです。特定技能1号として在留資格を得られる特定14業種は、法律ではなく法務省令で定められたものです。今後、「外国人労働者の受け入れ」という重要な案件を、国会審議を経ての法改正ではなく、省令の改正として行って本当によいのか、という論点です。この点も、国会では野党議員からの質問があったと記憶しておりますが、あまり報道はされなかったかなと感じています。

「政省令ではなく法律で規定してはどうか」という議論は、高度プロフェッショナル制度や裁量労働制の拡大等でも、対象者の要件についても行われました。

最後に⑤ですが、これが一番重要な論点だったのではないかと感じています。ここ数年、非正規社員主体の業種での賃金上昇圧力が目に見えて強まっていました。デフレ不況の時代では最低賃金が当たり前だった、飲食業・小売業等の時給も、深刻な人手不足を背景に、首都圏では1000円を超えるのが当たり前になっています。少しでもいい時給の同業他社に人材が流出する現象も起きており、各社人手の獲得に頭を悩ませているといった状況であります。2019年4月、時を同じくして働き方改革も一部施行を迎え、有休5日の強制取得や労働時間の上限規制へ対応するために、さらなる人材獲得が必要になっている企業が多数見受けられます。(有休5日の強制取得については、元々取得可能な状況にしておかなくてはいけないことではありますが・・・)筆者自身も人事担当者から、「同業他社が都心部で時給1700円の求人を出していた。とても対抗できない・・」という嘆きの声を聞いたことがあります。

ここで、特定技能の在留資格を得た外国人労働者が労働市場に流入してくるわけですから、これにより人手不足が解消されるということがあれば、当然賃上げ圧力が弱まるわけです。もちろん、企業側から考えますと、賃上げはそのまま賃金減資を増やすという負担増に繋がるわけですし、一度上げた賃金を下げるには高いハードルがありますから、賃上げ圧力の弱まりは喜ばしいことともいえます。

ただ、マクロ経済のことを考えるとどうでしょうか。単純に賃金が上昇しなければ、個人消費が上向く要因がなく、巡り巡って自社の売り上げにも響いてくるという、経済学でいう合成の誤謬のようなことが起こります。また、人手不足による賃上げ圧力は、生産性向上(安易にこの言葉は使いたくありませんが)へ向かうインセンティブとなります。RPAやAIなど、高度なシステムが開発されても、システム費用と比べて人件費の方が安いのであれば安いほうが選択されます。結果システム導入需要なども抑えられ、景気が停滞するということは考えられないでしょうか。この点についての議論が不十分なまま、国会審議が終了したのではないかとの疑問が残ります。

筆者は、外国人労働者の受け入れ拡大に全面的に反対というわけではないですが、特に⑤賃金上昇圧力の弱まりについて、十分な議論が尽くされなかったことは非常に残念なことと感じています。労働組合を支持母体とする立憲民主党も、技能実習生の劣悪な労働環境についての追及が目立っていたかなという感覚です。(マスメディアの報道が偏っていただけかもしれませんが。)労働組合員の多くはいわゆる正社員であり、非正規社員の賃上げが起こると、正社員の待遇へしわ寄せが来ると考えた・・という勘繰りも一瞬浮かんできましたが、立憲民主党は論点についてはともかく入管法改正に反対をしていたわけですから、そのような考えは特にないでしょう。(とはいえ、「労働組合員の大半がいわゆる正社員である」という事実は、各種労働問題を考えるにあたって重要なファクターです。)

とにもかくにも、外国人労働者の受け入れ拡大は既に始まっています。労働法規はもちろんのこと、省令で定められた「日本人が従事する場合の報酬額と同等以上」の待遇など、各種法令を確認し、適切に労務管理を行っていく必要があるでしょう。

流浪の社会保険労務士

1983年生まれ。最後の氷河期世代。大企業向け社労士法人で外部専門家として培った知見を活かし、就業規則・人事制度・労務手続フローなど、労務管理をデザインする。社労士法人退職後は、シリーズAの資金調達に成功した急成長中ベンチャーに入社。2年後のIPOを見据えた労務管理体制をゼロから構築した。その後、M&Aに積極的な東証一部上場のIT企業にて、前例にとらわれない労務管理体制の改革や新制度の導入、グループ会社に対する労務管理支援を行う。

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