【同一労働同一賃金は、非正規という生き方を認める政策】~働き方改革の本質に迫る!④

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同一労働同一賃金が認める二極化

働き方改革の本質に迫るシリーズも今回が最後です。同一労働同一賃金について見ていきましょう。同一労働同一賃金の概要は、別記事(同一労働同一賃金とは?~最低限の概要を知りたい人向けのわかりやすい解説~)でも解説していますが、非正規社員の待遇改善を目指しています。正規と非正規の不合理な待遇差をなくすということ。それは・・

言い換えれば「非正規という生き方がもはや当たり前になっている」という現状を追認しつつ、その非正規の待遇水準を底上げして、家計を支える大黒柱として最低限の生活ができる「層」をつくるということに繋がります。

安倍首相が言う「世の中から非正規をなくす」というのは、非正規雇用(有期雇用や派遣社員)をなくすわけではなく、「非正規=正社員とは天と地の格差がある身分制度の下の方」といった概念から、「非正規=正社員とは役割が違い、時間や職責が限定され、その役割の差だけ待遇が異なる。家計を支えられる最低限の収入が得られ、限定された働き方をしたい人が選択する。」という概念へ移行することを目指していると言えます。不本意に非正規雇用として働いている方々に対し、正社員化を促す政策ではありません。かつて、非正規雇用(アルバイト・パート・契約社員・派遣社員など)は、学生の社会勉強を兼ねた小遣い稼ぎや、夫の収入を補完する主婦の働き方が主流で、大黒柱としての非正規などは芸能分野での成功を目指すフリーターくらいであったといえます。

大黒柱としての非正規が増え、高齢フリーターの老後懸念や未婚率の上昇などが社会問題化する中で、解決策として選ばれたのは「正社員化」ではなく、「非正規という生き方」を追認し、正社員からあぶれたイレギュラーな存在から、選択肢として当たり前にある生き方にしようとするものでした。

暗に二極化を認めているのです。労働時間上限や有休5日取得義務でも触れましたが、「究極の自己責任社会」に向かっているわけです。そして、自己責任社会として二極化を認めつつも、正社員と比べて理由のつかない待遇差は違法です、とすることによって、大黒柱を担えるような待遇となることを目指しているのです。

正社員化を促す、強制力のある政策はない

以前「パワハラ法制化も副業の促進も「働き方改革」の一環。残業抑制や有休5日取得だけではない~働き方改革の本質に迫る!①」ご紹介しました、働き方改革の政策中には、「氷河期世代と若者の雇用対策」といったものもあります。ただし、これは法律的に強制力をもって行われるものではなく、行政のアクションにとどまっています。また、数年前に話題となった「無期転換ルール」は、言葉的には正社員化を促すものにも聞こえますが、こちらは待遇差の改善を促すものではありません。5年以上も雇用しているのであれば、会社として必要な人材であることは間違いないわけでありますから、それは雇用の調整弁として永遠に都合よく扱うのではなく、無期契約に転換しなさいという趣旨なのであります。ですので、無期契約に転換させさえすれば、給料や手当などは、転換前と同じでも特に問題がないのです(細かく言えば、就業規則等にその旨を明示したりする必要もありますが、その解説は本筋から外れるため、割愛します)。

二極化の容認とセーフティーネット整備の合わせ技

結局政策として、強制力を持って「正社員化」を進めるものはありません。「日本型同一労働同一賃金」は、育児や介護をしながらの勤務、あるいは体力的に無限定の働き方が難しいシニアなどが、非正規という働き方を選択することへの対応ともいえますが、同時に「不本意非正規」の存在も容認する対応ともいえるのです。非正規を選択せざるを得なかったのは、自己責任ではあるけれども、セーフティーネットとして待遇差の改善を企業へ促しますよ、と言っているに等しいと思います。

「日本版同一労働同一賃金」によって、一番わかりやすく(わずかな)待遇改善が行われたのが、派遣社員であるといえます。派遣元企業は法律的な要請から、正社員との不合理な格差是正として、通勤費や退職金分という名目で時給単価を向上させました。当然派遣料の値上げにも繋がり、「派遣社員の受け入れ抑制につながる愚策では?」との声もあります。ただ、実際に抑制する企業もあるかとは思いますが、少なくとも「派遣社員として働く方」への待遇改善としては機能しています。コロナウイルスの感染拡大で状況は一変してしまいましたが、労働時間上限と有休5日取得義務による人材需要がさらに高まることとの合わせ技であったことを考えると、受け入れ抑制についても愚策という批判は少なくとも当たらないのではと思います。

水町先生の言葉を借りれば、「もう非正規は安くない」のです。

甘やかしや入口論は的外れ

また、「労働者への甘やかし施策」などと揶揄する方もいます。これもやはり労働時間上限や有休5日取得義務などと同様に、決して甘やかしなどではなく、「二極化」を認めるものなのであります。

「日本型同一労働同一賃金」の施行前から、ほぼ同様の概念が労働契約法20条に規定されていました(参考:同一労働同一賃金とは?~最低限の概要を知りたい人向けのわかりやすい解説~)この労働契約法20条をめぐり、数々の裁判が行われてきましたが、訴えを起こす人たちを「卑しい存在」であるかの如く悪くいう方がいます。「だったら正社員になればいい」「正社員の試験を受けたとしても、採用されなかったかもしれないじゃないか」などと批判されます。長時間労働美化思想を持っている人に、このような批判が多い気がします。こういった入口論は、完全に的外れで、(不本意非正規か否かに関わらず)会社業績へ一定の貢献をしている非正規社員を、正社員と比べて不合理でない条件で扱ってくださいというだけです。「非正規という働き方・生き方」があり、政策としても追認するということです。

最低賃金の上昇も同じ目的がある

最低賃金も同様の趣旨と言えます。最低賃金で雇用されるのは、ほとんどが非正規社員です。その金額をここ数年、政策として毎年上昇させ、最終的には全国加重平均で1000円以上を目指しているわけですが、こちらも「セーフティーネット」としての待遇を底上げしようとしているのです。

方向性と本質を見極めた議論を

「二極化」を認めるものだ!というと、政策を批判しているように聞こえる方もいらっしゃるかもしれませんが、決して批判ではなく、単に「このような方向性に向かっているのだろう」という考察を行っているに過ぎません。筆者はこの方向性に反対ではありません(積極的に賛成でもないですが)。無限定で忙しく勤務する代わりに給与水準が高い層と、時間と職責が限定される代わりに給与水準が最低限生活できる程度に抑えられる層とに分かれること。少なくとも悪いことではないと考えます。もちろん、その「最低限」と判断される待遇が、どの程度底上げされるかにもよりますが。終身雇用が限界と言われる中、欧米のような二極化を目指すというのは、一つの手法として(最適かどうかは別として)間違っていないのではないでしょうか。欧米は二極化が進んだ世界ではありますが、それを容認する機運があると言われています。貧困を容認するのと、格差を容認するのは、明確に違います。

労働者側の待遇についてのお話が続きましたが、企業側の負担はどうでしょうか。同一労働同一賃金と最低賃金上昇による企業負担の増加、労働時間上限と有休5日取得義務。規模が小さい企業にとっては、死活問題となるケースも多いことは容易に想像できます。やはり、「中小企業が潰れる!」という主張もあるでしょう。

そうです。労働者側が「究極の自己責任社会」へ向かっているのと同様に、「対応できない企業の淘汰が起こっても仕方がない」という思想も見え隠れしているのです。無論、政策で簡単に企業を潰すわけにもいきませんから、中小企業には1年間施行を遅らせるなどの措置が取られています。実際、そんな思惑を前面に押し出すわけにはいかないでしょう。ひどい話だ・・、と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、別記事(【有休を勝手に指定されるなんて改悪?】労働者も含めた意識改革の必要性~働き方改革の本質に迫る!③)でも述べたように、有休を「たった5日間」消化させるだけで経営が傾くような企業が、本当に世の中に必要なのか。その意義を問うているともいえるわけです。

働き方改革をめぐっては、様々な議論が沸き起こっています。ですが、本質を理解したうえでの議論というものが、あまりにも少ないのではと感じています。単発の事案だけを追い、感覚的に考えるだけでは、「どこへ向かっているのか」「どのような法整備が必要なのか」が見えにくくなってしまいます。

流浪の社会保険労務士

1983年生まれ。最後の氷河期世代。大企業向け社労士法人で外部専門家として培った知見を活かし、就業規則・人事制度・労務手続フローなど、労務管理をデザインする。社労士法人退職後は、シリーズAの資金調達に成功した急成長中ベンチャーに入社。2年後のIPOを見据えた労務管理体制をゼロから構築した。その後、M&Aに積極的な東証一部上場のIT企業にて、前例にとらわれない労務管理体制の改革や新制度の導入、グループ会社に対する労務管理支援を行う。

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