労災かどうかは会社が決めることではない~労災における3つのよくある勘違い~

  1. 一般ビジネスパーソン向け
  2. 5044 view

仕事や通勤でケガをした場合、仕事が原因でケガをした場合、「労災」の扱いになるということは、広く一般常識として知れ渡っていることと思います。

労災扱いとなれば、本人負担ゼロで医療が受けられます。(厳密には、通勤災害の場合に200円の一部負担金が発生する場合もあります。)労働者保護の観点から、業務や通勤で生じる様々な身体上の危険について、補償をしましょうという趣旨から設けられた制度です。正確な表現をすると、事業主(会社)は業務上のケガや病気について金銭的な補償をしなければなりません。しかし重大な事故ともなると、莫大な金額になってしまいますので、国の制度として事業主から強制的に労災保険料を徴収し、その保険料収入から労働者への補償が行われていることになります。正式名称は、「労働者災害補償保険」といいます。

しかしながら、この労災保険制度については、あまり正確でない情報が蔓延しています。

労災についての知識は、管理職の方、人事・総務部門に配属されている方はもちろん、企業に雇われて働いている全ての方にとって、知っておいて損はないものです。

ここでは、日々の労務相談や知人との会話、インターネット上などで散見される、よくある勘違いをご紹介します。

1.労災かどうかを判断するのは会社である・・・・×

「果たしてこのケガ(病気)は業務(通勤)が原因の労災なのであろうか」

労災として手続きを行うには、会社が書類の作成・捺印をしなくてはいけませんので、労災担当者が判断に迷ってしまうことがあります。ここで注意しなくてはいけないのは、労災として認めるかどうかを判断するのは会社ではなく、労働基準監督署であるということです。書類の提出先も労働基準監督署です。病院や薬局などの医療機関に提出する場合もありますが、その医療機関を経由して労働基準監督署へ書類が渡ります。つまり、会社として「こんなものは労災ではない」と考え、労災として処理しなかった場合、後日納得のいかない労働者が直接労働基準監督署に出向くなどして事案が発覚し、調査の結果労災でしたということもあり得るわけです。これは場合によっては「労災隠し」と捉えられる可能性もありますし、労働者側から大きな不信感を持たれます。

労働者側も、「自分の不注意だし会社に迷惑かけたくない・・」と業務中のケガを隠してしまう(またはケガを報告しただけで、自己判断で健康保険を使用する)ケースがあり、後日クライアントから相談を受けることがありますが、なんらかの形で事案が発覚すると、結果として企業は「労災隠し」を行ったことになってしまいます。(少なくとも適正な手続きが行われていないことは確かです)なお、本来労災事故を使用すべき案件で健康保険を使用することは、法令上禁止されています。「会社に迷惑をかけたくない・・」との奇特な考えが、むしろ会社に迷惑をかけることにも繋がります。業務上のケガは確実に報告しましょう。

実務的には、腰痛や精神疾患等、判断に迷うケースは多々あります。対応に迷った場合は、社会保険労務士など労務管理の専門家や、労働基準監督署に相談してみるのが得策です。

2.パート・アルバイトには労災がない・・・×

健康保険・厚生年金・雇用保険については、労働時間が短い場合等、加入できないケースもあります。しかしながら、労災保険は原則すべての労働者を対象としています。日雇い労働者であっても対象です。いわゆる会社組織の中で、労災の対象にならない人というのは、役員などの経営層に限られます。(ただし役員であっても、労働者として業務を行う場合は対象となります)派遣社員についても当然労災の対象で、手続きは派遣元が行うことになります。例外は公務員や特定独立行政法人職員、小規模な個人経営の農林水産業従事者で、これらは労災保険の対象外です。(公務員等は別の法律でカバーされています。)

最近はインターネットに情報があふれていることもあってか、この勘違いは大幅に減っていると感じています。

3.会社が決めた通勤ルート上の事故でなければ、労災が適用されない・・・×

これはまだまだ根強く残っている、半ば都市伝説化した勘違いと言えます。筆者も昔、通勤費申請の際に、上司から「申請したルート以外でケガしても労災じゃないからね」と言われました。しかしこれは明確な間違いです。

労働者災害補償保険法(以下労災保険法)第7条2項には、「通勤とは、労働者が、就業に関し、次に掲げる移動を、合理的な経路及び方法により行うことをいい、業務の性質を有するものを除くものとする。」

一 住居と就業の場所との間の往復

二 厚生労働省令で定める就業の場所から他の就業の場所への移動

三 第一号に掲げる往復に先行し、又は後続する住居間の移動(厚生労働省令で定める要件に該当するものに限る。)

と定められています。

二号三号についての説明は割愛しますが、「一 住居と就業の場所との間の往復」を「合理的な経路及び方法により行うこと」は、労災保険法上の通勤となるわけです。すなわち、会社に届け出た通勤ルートでなくてはいけないという規定は存在しないのです。大都市圏であれば様々な交通手段が考えられますし、徒歩・自転車・車などでの通勤にしてもルートは一つではありません。合理的な経路及び手段であるとの判断はあくまで労働基準監督署が行いますので、絶対的なことは申し上げられませんが、「最短ルートではないが交通費が安い」「ほぼ同距離の複数ルートを混み具合によって使い分けている」等であれば、通勤災害の対象といえるでしょう。明らかに不合理な迂回ルートでなければ、まず問題ありません。

ただ、ここで注意が必要なのは、あくまで「逸脱または中断(寄り道)をしていないこと」です。居酒屋で飲酒した、友人宅に立ち寄った等の状況がありますと、寄り道以降の経路上で起きた事故については対象外となります。これだとあまりにも要件が厳しすぎますので、スーパーで日用品を購入する、家族が入居する介護施設に立ち寄る、など「日常生活上必要な行為であって厚生労働省令で定めるものをやむを得ない事由により行うための最小限度のものである場合」は、逸脱または中断(寄り道)から戻ってきて以降の経路上で起きた事故について、通勤災害として取り扱われます。上記鍵カッコ内の「厚生労働省令で定めるもの」とは、下記のとおりです。

(1)  日用品の購入その他これに準ずる行為
(2)  職業訓練、学校教育法第1条に規定する学校において行われる教育その他これらに準ずる教育訓練であって職業能力の開発向上に資するものを受ける行為
(3)  選挙権の行使その他これに準ずる行為
(4)  病院又は診療所において診察又は治療を受けることその他これに準ずる行為

以上、初歩的な基礎知識として、労災保険のよくある勘違いについて解説しました。実務上は、もっと奥深い諸問題が次々と出てきます。管理職の方、人事・総務担当者の方、そしてすべてのビジネスパーソンの方についても、取りあえずはこの「よくある勘違い」を頭に入れて、労災をめぐる諸問題に向き合いましょう。




流浪の社会保険労務士

1983年生まれ。最後の氷河期世代。大企業向け社労士法人で外部専門家として培った知見を活かし、就業規則・人事制度・労務手続フローなど、労務管理をデザインする。社労士法人退職後は、シリーズAの資金調達に成功した急成長中ベンチャーに入社。2年後のIPOを見据えた労務管理体制をゼロから構築した。その後、M&Aに積極的な東証一部上場のIT企業にて、前例にとらわれない労務管理体制の改革や新制度の導入、グループ会社に対する労務管理支援を行う。

記事一覧

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

コメントするためには、 ログイン してください。