ジョブ型雇用は正社員の無期アルバイト化である②

  1. 社会一般
  2. 391 view

前回、ジョブ型雇用は正社員の無期アルバイト化である①で、世間一般で使用されているジョブ型は本来のものではなく、現行のメンバーシップの枠組みで行われる目標管理制度(を多少強化したもの)に過ぎない点、そしてそれが現在の日本企業が抱える諸問題を解決する手段にはなり得ない点をお伝えしました。

日本の非正規雇用者こそがジョブ型雇用の典型例である

ジョブ型雇用とは何か?という根本的な問いに答えられる方ほどおわかりいただけると思いますが、ジョブ型雇用というのは日本の非正規雇用者そのものです。「正社員に適用する新時代の人事制度」というのも確かにそうですが、「現代の非正規雇用者の人事制度」でもあるのです。

アルバイト、パートタイマーなど、様々な呼称が用いられますが、職務限定であり出世も限定的であるというように職務が硬直化されている中で、「その職務だから(多くは労働集約的で特殊技能が必要ない職務だから)」という理由で賃金の上限が押さえつけられ、正社員と大幅な労働条件の差異がつけられています。

あるいは、これは同一労働同一賃金の考え方ではNGですが、職務の相違というよりは「単にアルバイト・パートだから」という慣例的な理由によって、差がつけられているという場合も少なくありません。※厳密には、フルタイムの無期雇用であれば日本型同一労働同一賃金の規制には抵触せず、一応は合法ということになります。

もし、非正規雇用者へ別の業務(特に正社員が行っている業務)をさせるのであれば、給与も別にすることになります。すなわち正社員として勤務してもらい、そこでようやく待遇が更新されるということです。

転じて日本のほとんどの正社員は、「職務遂行能力」という幻の能力値が勤続年数に応じて「ほぼ自動的に」上昇し、それは決して低下することはないという仮定のもと、例え同じ業務を長年続けている社員であっても、定期昇給していくことになります。

現在では、等級制度を採用し、等級ごとに上限を定めることにより、「上の等級(レベルの高い役割)に進まないと、給料は頭打ちだぞ」というメッセージを制度面から発している会社もあります。人件費抑制の手段でもありますが、役職者に抜擢されて責任の重くなった若手より、数十年責任の少ない平社員で勤務し続けた社員の方が給料が高いといった、社員全般のやる気を削ぐ事案を防ぐことができます。

ただ、そのような等級制度を採用している場合であっても、「上限までの幅が非正規社員のそれとは大幅に違う(雑感ですが、非正規社員の上昇幅は、せいぜい時給が数百円も上がればいい方ではないかと思います。)。」「会社としては次の等級に進んでもらいたく、上司などからのバックアップがある。」という点で、やはり非正規社員とは大きく異なります。なによりも、「等級が上がる」といってもその等級の定義が抽象度の高いものである事例も多く、等級が上がり、給料が上がったとしても、日々の業務自体にあまり変化がないというのは特に珍しいことではありません。だからこそ、メンバーであることが重要な、メンバーシップ制と呼ばれるのです。

正社員がジョブ型になるという意味

前述のような状態の中、世間の一部でささやかれている「ジョブ型」を正社員に適用するということは、人事制度(給料の決まり方)が非正規社員と同じ考え方になるということです。違いがあるのは、無期契約(期間の定めのない雇用)であるというだけになります。

これが、「ジョブ型雇用は正社員の無期アルバイト化である」という言葉の意味です。ただ、ネガティブに捉えて「けしからん」と言いたいわけではありません。これまでお伝えしてきたように、いずれジョブ型雇用に移行せざるを得ない時期が到来するはずです。世間の一般的な感覚や、ジョブ型に対する正しい理解が進んでいない状況では、10年くらい先になるのではと思いますが・・。

具体的に正社員にジョブ型を当てはめてみると、「等級制度の細分化と定義の明確化を行ったうえで、同じ職務を担っている以上は、昇給はゼロではないにしても、非正規社員並みに狭い範囲での昇給しかしない」といったことになるでしょう。上の職務に上がる場合も、明確にその等級の職務が担えるかということを厳密に判断することになります。非正規社員が正社員に上がる場合も、通常はそのように判断するはずです。それを正社員にも適用しますということです。

もっとも、中途採用者の給与水準を決定する手法や、会社の異動権限(給与が下がることが考えられるため、これまでより大幅に制限されることが予想される)など、考えなくてはいけない事項は沢山あります。ですが、ジョブ型における人事制度は、このようなものが考えられるということです。

有利な人も不利な人もいる

正社員のジョブ型雇用が進めば、有利になる人も不利になる人もいます。人事労務の仕事をしていて最新の動向を常につかんでいる人や、キャリア形成を強く意識している人であれば、ポジティブに捉えられることが多いでしょう。反対に、それ以外の世間一般では、年功序列と終身雇用、新卒一括採用に定期昇給といった概念が根強く残っています。これは、20代などの若い世代も同じです。親世代が変わっていなければ、当然その影響を受けるからと考えられます。

また別の機会に掘り下げられればと思いますが、例えば自身の能力や専門性がハッキリしていて、転職が比較的しやすい人には有利に働く可能性があります。転職においては、前職の給与が引っ張られたり、謙虚な給与交渉で入社してもメンバーシップ型の人事制度ではわずかな昇給しか期待できなかったり、結局は入社時に自分を大きく見せて入社した方が得といった現象が起きます(賃金は下方硬直性があり、不利益変更法理もあるため簡単には下げられない)。人ではなく職務に給与を紐づけるジョブ型であれば、そのような不公平感はなくなるでしょう。逆に現職で高すぎる給与をもらっている人は、どこに行っても給与が下がることにもなりますが、それも含めて転職市場においての納得感は高まります。

同一労働同一賃金との関係性

最後に、同一労働同一賃金との関係性についてです。非正規雇用者は、職務や出世の範囲が限定的で、正社員の職務を行ってもらうとすれば、正社員になってもらい、正社員の給与が支払われると述べました。しかし、非正規社員の待遇のまま、正社員の業務を行っている非正規社員の事例はよく聞くところであります。不本意に命令されている場合はもちろん、本人の希望による場合であっても、同一労働同一賃金の規制に抵触します(フルタイムの無期雇用である場合を除く)。待遇差が不合理でないことの説明ができないからです。

ジョブ(職務)が硬直的だからこそ、給料も硬直的でいいという理屈が成り立つわけで、そのジョブが変わる(しかも職責が大きい職務に)のであれば、給与も同程度の職責を担う社員と同じにしなくてはいけないということになります。正社員がジョブ型になるのであれば、同じような考え方をせざるを得なくなります(法には直接抵触しないとしても)。

日本型同一労働同一賃金は、正規と非正規の格差是正が一番の趣旨ですが、ジョブ型の考え方を根付かせ、正社員のジョブ型移行を円滑に行いやすくするための法整備という側面もあるといえるのではないでしょうか。

流浪の社会保険労務士

1983年生まれ。最後の氷河期世代。大企業向け社労士法人で外部専門家として培った知見を活かし、就業規則・人事制度・労務手続フローなど、労務管理をデザインする。社労士法人退職後は、シリーズAの資金調達に成功した急成長中ベンチャーに入社。2年後のIPOを見据えた労務管理体制をゼロから構築した。その後、M&Aに積極的な東証一部上場のIT企業にて、前例にとらわれない労務管理体制の改革や新制度の導入、グループ会社に対する労務管理支援を行う。

記事一覧

関連記事