ジョブ型雇用は時間でなく成果で評価?移行への障害が時間管理?~非論理的な主張は意識高い「系」へのマーケティングか①~

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ここ最近、日経新聞ではおかしな主張が繰り広げられています。それもまた1面で。日経新聞が労働法制について間違った記事や正確でない記事を掲載するのは今に始まったことではないですが、今回はあまりにも酷すぎたので、取り上げることにします。

濱口桂一郎さんが『hamachanブログ(EU労働法政策雑記帳)』(http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2020/06/post-a51574.html)で言及してくださっている中、無名の私が改めて主張する必要はないのかもしれませんが、社会保険労務士として第一線で労務管理や人事制度の設計に携わっている身として、一般ビジネスパーソンに近い視点から考察することが可能ですから、その点では全く無意味ではないと考え、発信をしたいと思います。

以下、2020年6月8日の朝刊、第1面の記事を要約です。

“法律の制約から、労働時間に応じて賃金を支払う仕組みとなっているが、在宅勤務では時間管理が難しい。解決策となるのが「ジョブ型雇用」で、在宅勤務の定着によって成果で評価する人事制度への移行機運が高まっている。時間管理をベースとする、日本の労務管理の在り方が変わりそうだ。”

といったようなもので、ジョブ型の説明として

“職務内容を明確にした上で最適な人材を宛てる欧米型の雇用形態。終身雇用を前提に社員が様々なポストに就く日本のメンバーシップ型と異なり、ポストに必要な能力を記載した「職務定義書」(ジョブディスクリプション)を示し、労働時間ではなく成果で評価する。職務遂行の能力が足りないと判断されれば欧米では解雇もあり得る”

としています。

全文を引用していない(というかするわけにはいかない)ので、切り取ったうえでの揚げ足取りと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、電子版購読者の方は是非読んでいただきたいと思います。

日経新聞2020年6月8日:雇用制度、在宅前提に 「ジョブ型」や在宅専門の採用

リモートワークだと時間管理が大変です。そりゃそうです。だれも異論は唱えないでしょう。勤怠システムへの打刻をするにしても、「事業場外みなし労働時間制」を適用するにしても、対役所や対労働者への抗弁となると、「隠れ残業なんて全くありません!」と強気一辺倒では押し切れない。労務管理を真剣に行っている企業であればあるほど、ナーバスな問題となります。

で、日経新聞さんは、その解決策がジョブ型雇用だと言っているわけですね。労働基準法は時間管理に厳しいです。だからジョブ型で解決しましょう。ジョブ型とは、職務内容が明確になっていて、労働時間ではなく成果で評価する雇用形態ですよ。そういっているわけです。

もうどこから突っ込みを入れていいかわからなくなってしまうほど、言葉の定義などの前提条件も違えば、そもそも論理的におかしい部分もあり、気持ちが悪くなってしまいます。本文には、資生堂、富士通などのネームバリューがある大企業の事例が次々に登場し、意識高い「系」で中身に乏しい方には、うってつけの記事かもしれませんが、ちょっと待ってくださいと、そもそも非論理的だから!という話です。

まず、ジョブ型の定義がそもそも違うのですけれど、それは一旦置いていきましょう。少なくとも「職務内容が明確になっている」という部分は間違っていないので、その部分だけ頭に置いておいて話を進めていきましょう。

時間管理が大変だ⇒ジョブ型(職務内容を明確にする)で解決

はい、この時点でもう意味が分かりません。いや、リモート勤務前提になる⇒ジョブ型がいい、っていうのは確かにあるんですよ。職務が限定されないメンバーシップ型(日本の正社員)は、職務(役割)で給与が決定されるのではなく、「職務遂行能力」によって給与が決定されます。これを「職能給」と言い、制度のことを「職能資格制度」などと言うことがあります。職務(役割)ではなく、個人個人の「職務遂行能力」に値段がついているわけですから、異動があっても給与が変わりません。異動しても能力は変わらないですよね?この考え方が日本の正社員であり、異動を前提に幅広い職務を行ってもらうことで、重要なポジションを担ってもらうゼネラリストを育てようというのが、メンバーシップ型と言えます。

で、評価はその職務遂行能力が上がったかどうかで判定されるわけですけれど、能力を測るのって難しくないですか?結局は、あらかじめ定められた賃金表があって、可もなく不可もなくの働きぶりであれば〇段階昇給。平均以上の働きぶりであれば若干の手を加える(逆も然り)といった具合になります。はい、これが年功序列というやつです。こうなるとその「職務遂行能力とはなんぞや」ということになりますが、文字的な意味はまあ読んで字のごとくなんですけれど、測定することが困難であるので、結果的に「能力は勤続年数に比例して上昇する」といった思想のもとに、給与が決定されるのです。人気漫画、ドラゴンボールは、「厳しい修行をすれば誰でも強くなれ、その強さに限界はない」という概念のもとで繰り広げられるストーリーですが、「職務遂行能力」に至っては可もなく不可もなく程度の働きぶりでも毎年強くなる(能力が上がる)という、架空世界を舞台とする漫画以上に無理のある概念のもとに設計されている制度とも言えます。

“年功序列賃金の多くは、「年次が進むと職務遂行能力が高まった」という前提(フィクション)で賃金が上がる” 

倉重公太朗『雇用改革のファンファーレ』(労働調査会)

そんな測定困難な職務遂行能力ですが、評価を行うにあたって、情意評価といったものがそれなりに大きなウェイトを占めてくるようにもなるんですね。情意評価というのは、規範意識が高いとか、協調性があるよねとか、責任感が高い、上昇志向が強いなどなど、まあ人間的にどうか?っていう極めて曖昧な(重要だとは思いますが)評価のことです。はい、ここまでが長かったですが、リモートワーク前提だと、この情意評価が難しいねといった具合になります。ですので、そのことを理由に、ジョブ型へ移行するというのは、一応は繋がるわけです。ジョブ型とは、言い換えれば「職務給(役割給)」の導入ともいえるわけで、個人個人に給与が紐づく職能給とは違い、明確化した職務に給料が紐づきます。極めて曖昧な「職務遂行能力」を判定しなくてもよくなるわけです。

で・す・が!

「労働時間管理が大変だ」ということに対しての解決策には全くならないわけですね。第一に、日本の現行法において、「ジョブ型雇用なら時間管理しなくていいよ」とはなりません。こんなのは当たり前ですよね。そんな法律がどこにありますか。そして第二に、ジョブ型が欧米型だというのは間違いではありませんが、じゃあその欧米のジョブ型ってやつは労働時間管理が必要ないんですか?という話。単に「職務が限定されている」というだけに過ぎないわけですから、その中には単純作業の色合いが濃い職務だってあるわけです。そういった職務であれば、時間に応じた給与の方が合理的ということにもなり、結果として労働時間管理が必要となってきます。はい・・関係ないんですよ。時間管理とジョブ型は。高度なホワイトカラーの仕事であれば、それは日本にも高度プロフェッショナル制度という対象者が限定された制度がありますけれども、労働時間管理の概念から外しても結構だとは思いますよ。ですが、繰り返しますが、日本的正社員を「ジョブ型」に移行させるということとは全く関係がありません。

さらにさらに、さらっと流してしまいましたが、一旦は置くといった日経新聞さんが言う「ジョブ型」の定義ですが、“「職務遂行の能力」が足りないと判断されれば欧米では解雇もあり得る。”って何ですかこれは。

前述しました通り、「職務遂行能力」とは極めて日本的な概念であって、「フィクションだ」という人がいるほど、ジョブ型とはかけ離れたものです。それがないと欧米では解雇とはこれいかに・・?“労働時間ではなく成果で評価する”というのも、やはり前述しました通り、ジョブ型か否かとは関係ないんですね。別軸の問題なんです。

言葉の定義も労働法制も理解せず、ただ念仏のように「脱時間給」という造語を繰り返し使用し、「労働時間管理が悪」という方向にもっていくのが、ここ数年の日経新聞さんです。こういった論説は、いわゆる意識高い「系」に受けるネタですので、それを見越して多用しているのだとしたら、もはやどこかの思想的な新聞と変わりません。方向性は真逆だとしても。実際、意識高い「系」が集まりがちな(利用者全てとは言っていません)某キュレーションサイトでは大うけみたいですから、マーケティングとしては成功しているのかもしれないです。

この記事には困惑してしまいましたが、まだまだ迷走した非論理的な主張が日経新聞さんで続いてしまうのです。長くなったので一旦切りたいと思います。

関連記事:ジョブ型雇用は時間でなく成果で評価?移行への障害が時間管理?~非論理的な主張は意識高い「系」へのマーケティングか②~

へ続く・・

流浪の社会保険労務士

1983年生まれ。最後の氷河期世代。大企業向け社労士法人で外部専門家として培った知見を活かし、就業規則・人事制度・労務手続フローなど、労務管理をデザインする。社労士法人退職後は、シリーズAの資金調達に成功した急成長中ベンチャーに入社。2年後のIPOを見据えた労務管理体制をゼロから構築した。その後、M&Aに積極的な東証一部上場のIT企業にて、前例にとらわれない労務管理体制の改革や新制度の導入、グループ会社に対する労務管理支援を行う。

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