あなたの会社には既に無期転換権が発生した社員がいるかもしれない

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同一労働同一賃金等、働き方改革の話題に隠れ、すっかり忘れ去られてしまったかのような有期契約労働者の無期転換ルール。一部裁判も行われましたが、多くの企業で特に大きな問題が生じていないことが理由でしょう。しかし、同一賃金同一労働に対応していくには、この無期転換権発生のルールを正確に理解しておく必要があります。職務区分の抜本的な見直しを行うにあたって、有期契約労働者に「いつ無期転換権が発生するか」が非常に重要だからです。原則無期転換者を発生させずに運用するか、発生するが権利行使は労働者に委ねるか、むしろ積極的に無期転換を促し人材の囲い込みを図るか。いずれにしても、「いつ無期転換権が発生するか」の前提条件が正確でないと、意図しないタイミングで無期転換権者が発生してしまうなど、スムーズな人事管理ができない可能性が高まります。単純なようで複雑な「無期転換ルール」について、整理していきましょう。

5年経過で無期転換権が生じるわけではない

平成25年4月、労働契約法の改正により、いわゆる「無期転換ルール」が法制化されました。パートやアルバイトなど期間を定めて雇用している非正規社員が、一定要件のもとに無期契約への転換を申し出た場合、企業はそれを拒むことができず無期契約の労働契約が成立するというものです。各種メディアの報道では、この一定要件を5年間雇用された非正規社員に生じる権利として、「5年で無期転換」との表現が多用されました。そして、法施行からちょうど5年経過した平成30年4月、最初の無期転換権者が発生するとして、「平成30年問題」とも言われました。企業は非正規社員に「無期転換権」が発生する前に、無期転換した社員の労働条件を定める等の対応をし、トラブルの発生に備える必要があったのです。とはいえ、5年の猶予がありますので、ギリギリまで法改正対応を先延ばししたりする企業も多くみられました。しかし、この「5年で無期転換」という表現は、正確性を欠いていると指摘せざるを得ません。実際は、平成30年4月より前にも、無期転換権が発生していた方もいるのです。

では、法律の条文を見てみましょう。労働契約法第18条1項では、「一の使用者との間で締結された二以上の有期労働契約(契約期間の始期の到来前のものを除く。以下この条において同じ。)の契約期間を通算した期間(次項において「通算契約期間」という。)が五年を超える労働者が、当該使用者に対し、現に締結している有期労働契約の契約期間が満了する日までの間に、当該満了する日の翌日から労務が提供される期間の定めのない労働契約の締結の申込みをしたときは、使用者は当該申込みを承諾したものとみなす。この場合において、当該申込みに係る期間の定めのない労働契約の内容である労働条件は、現に締結している有期労働契約の内容である労働条件(契約期間を除く。)と同一の労働条件(当該労働条件(契約期間を除く。)について別段の定めがある部分を除く。)とする。」とあります。

非常にややこしい表現ですが、図式化すると次のようになります。

(厚生労働省 無期転換ポータルサイトより)
https://muki.mhlw.go.jp/

まず下の図の「契約期間が3年の場合」を見てもらったほうがわかりやすいと思いますが、2以上の労働契約を通算して5年を超えることになった場合に無期転換権が発生する。すなわち、現在の労働契約期間が終了する時点で5年を超えるのであれば、入社から5年を経過していなくても無期転換権が発生するということです。平成25年4月より前が開始時期となる労働契約は含みません。労働契約は、一部専門職や60歳以上の方を除くと、一回の契約期間の上限は3年です。このような方は平成30年4月よりも前に無期転換権が発生していたのです。

ここで、大半の人は3年契約なんて結ばない、1年契約だったら上の図と同じになり、平成25年4月1日に入社の方なら最速でも平成30年4月の無期転換権発生だ、と考える方も多いと思います。筆者はこの問題について、人事担当者等から多くの労務相談を受けてきましたが、「当社の非正規社員は、雇用契約が1年を超えることはありません。なので、最速で平成30年4月に無期転換権が発生します。」という旨のお話をよく聞きました。しかし、このような企業でも、平成30年4月より前に無期転換権が発生していたケースが沢山あるのです。

対して、上の図と同じように、きれいに1年契約を入社当初から継続更新してきた場合。これは各種報道の通り、「5年で無期転換」です。6年目に突入した時点で、無期転換権が発生します。しかし、例えば次のような場合はどうでしょう。「入社から最初の3カ月は試用期間のような扱いで、労働契約も3カ月で区切っている。その3カ月で特に問題がなければ、次の契約から1年の契約で継続更新していく。」このような企業も多く存在します。この場合は、4年3カ月経過後、次の1年契約を結んだ時点で、「労働契約が通算して5年を超える」ことになります。現在の契約終了時点で、5年3カ月となるわけですから。つまり、このパターンで平成25年4月に入社した場合、無期転換権が発生するのは平成29年7月です。ただ、この事実に気付かずに、平成30年4月までの対応というスケジュールで進めていた企業が大半のような気がします。

もう一つ多いパターンが、入社時期を問わず、年度末(3月末)等の一定期日までの契約期間とする場合です。5月に入社しても、2月に入社しても、最初の契約は次の3月末までで、次の契約から1年ごとの労働契約としていくパターンです。これも非正規雇用が大半を占めるような企業では、契約更新手続きの効率化という観点から、非常によく行われています。

こちらのパターンでは、例えば平成26年2月1日に入社した場合、同年4月1日に1年契約で更新していくと、平成30年4月の契約更新時点では入社から4年2カ月の経過ですが、その労働契約の終了時点では通算して5年2カ月となります。「5年を経過する前に」無期転換権が発生するのです。

M&Aで他社社員を受け入れた際も注意が必要です。吸収分割など、一定の要件を満たした場合は、新旧の事業主が同一のものとみなされ、受け入れ前に在籍していた企業の勤続年数を通算して「無期転換ルール」が適用される場合があります。この場合も、自社で受け入れてから5年を待たずに無期転換権が発生することになります。

同一労働同一賃金対応には、無期転換ルールの正確な理解が必要

このように、「5年で無期転換」というキーワードだけでの経営判断は、リスクが高いといえます。マスメディアの各種報道だけでは、正確な情報を得られないケースも多々あります。

パートタイマーや契約社員について、契約更新の限度が5年ということで、無期転換対応の就業規則を作成していない企業もあります。そのような企業についても、同一労働同一賃金対応を行うにあたって、職務区分や労働条件の抜本的見直しを図るという場合には、「無期転換者が発生する可能性」についても、再度確認を行う必要があるといえます。

無期転換権が行使されてから、当該労働者の労働条件を引き下げることは「就業規則の不利益変更」となり、企業側に高いハードルが課せられています。就業規則の構造や労使慣行によっては、無期転換権後の労働条件について、正社員と同様に見なされる可能性もありますので、細心の注意を払うべき案件といえるでしょう。もし、発生しないと考えられていた無期転換権が、実は既に発生していたという場合は、権利行使が行われる前に、無期転換後の労働条件について就業規則に明記し、トラブルが生じないようにしたいところです。

流浪の社会保険労務士

1983年生まれ。最後の氷河期世代。大企業向け社労士法人で外部専門家として培った知見を活かし、就業規則・人事制度・労務手続フローなど、労務管理をデザインする。社労士法人退職後は、シリーズAの資金調達に成功した急成長中ベンチャーに入社。2年後のIPOを見据えた労務管理体制をゼロから構築した。その後、M&Aに積極的な東証一部上場のIT企業にて、前例にとらわれない労務管理体制の改革や新制度の導入、グループ会社に対する労務管理支援を行う。

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