男性の育児休業取得率6.16%の真実

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平成30年度雇用均等基本調査による取得率は6.16%

本年6月、厚生労働省が実施する雇用均等基本調査(速報版)の結果が公表され、昨年度の男性の育児休業取得率は6.16%と、前年度の5.14%から1.02%上昇し、6年連続の上昇でありました。まだまだあまりにも低すぎるということで、様々な問題提起がなされています。

この6.16%という数値、低すぎるといえば低すぎますが、前年と比べて約1%上昇していますので、この調子で上がっていくのではと考えることもできます。1%にも満たない時代から考えれば、男性の育児参加は徐々にだが進んでいる!そのようにも考えられます。

しかし、待ってください。この約6.16%という数値には全く喜べない真実が隠されているのです。

それは、巷でよく言われているような、「男性の育児参加は自己満足」「大したことをやっていない」などの「育児の質」の話ではありません。もっと根本的な問題なのです。日々社会保険手続きと労務管理の相談を受けている立場から、その真実をご案内いたします。

1日でも取得していればOK?

育児休業といえば、どの程度の期間を思い浮かべるでしょうか。法律上は子供が1歳になるまで、認可保育所に入所できない場合等は2歳まで育児休業が取れます。※様々な例外もあります。

女性の場合は、概ねこの法律通りに休業するパターンが多いと思います。では男性はどのくらいの期間、育児休業を取得しているのでしょうか。

まだまだ、社会通念として長期の取得は抵抗があるとの声はよく聞かれます。ということで、「1カ月くらいかな・・・。」そんな見当をつけた方も多いかもしれないですね。ところが、「1カ月」などという期間は、男性の育児休業においては長いほうなのです。2週間でもまだ長い方ではないかと感じます。手続きを行っている実感として最も多いのは、数日~1週間程度です。果ては「1日」だけの取得なんてケースは決して珍しいことではなく、「よくある」ことなのであります。

この雇用均等基本調査における男性の育児休業取得率は、「平成28年10月1日から平成29年9月30日までの1年間に配偶者が出産した男性のうち、平成30年10月1日までに育児休業を開始した者(育児休業の申出をしている者を含む。)の割合」ですので、期間は問われていないのです。

すなわち、6.16%という数値には1日だけの取得も相当数含まれていることが考えられます。(断定はできませんが)

「育児の質どころの話ではない」というのは、この現実があるからなのです。では、なぜこのような「1日」育休が蔓延しているのでしょうか?

過労自殺者を出した企業も取得していた「くるみん」認証

理由の一つに「くるみん」という国の認証制度があります。社員の子育て支援に積極的な企業だと、厚生労働省がお墨付きを与えるものです。この「くるみん」は、過労自殺者を出してしまった企業も取得していたとして、一時期社会問題化しました。(H28年11月、当該企業自ら認定辞退を申し入れています。)

なぜこのような会社が取得できていたのかと言えば、認定基準が無機質な数値目標のみであり、形式さえ整っていれば認定されるものだからです。とはいえ認証が取れれば、採用等で有利に働くだろうと、「くるみん」認証取得に力を入れる企業も存在します。

「くるみん」の認定基準の一つに「男性の育児休業取得率7%」というものがあります。以前は「男性の育児休業取得1人以上」だったのですが、基準が厳しくなりました。厳しくなったとはいえ、先ほどの調査と同様に期間については問われていませんので、「1日」でもいいわけです。男性の育児休業取得マインドを上げられずに悩んでいる企業は、「1日でもいいから」と取得を勧めることもあります。これが、「1日だけ育休」の多い理由の一つ目です。

1日だけ育休を取るということの大きすぎるメリット

もう一つ、会社の人事担当者が勧めるまでもなく、自ら「1日だけ育休」を取得する男性社員が一定数存在します。それはなぜか?「1日だけ育休」にはあまりにも大きすぎるメリットがあるからです。

メリットは大きく分けて2つ。一つは社会保険料の免除です。3歳までの育児休業取得中は、健康保険・厚生年金ともに保険料がかかりません。通常、健康保険・厚生年金の保険料は何らかの理由で給与が0になった月でも支払わなくてはいけないのですが、産前産後休業と子が3歳になるまでの育児休業中は免除されることになっています。

性別型役割分業の概念は悪しき慣習として改善しなければいけない時代の潮流がありますから、当然この制度は男性にも適用されることになります。

そこで、この免除適用の判定についてですが、月末に育児休業しているか否かで決められます。つまり、月末に1日育児休業を取得するだけで、その月はなんと健康保険・厚生年金の保険料が免除されるのです。原則的にこの社会保険料というものは月末判定なので、月の途中に退職した場合もその月は保険料がかからないということがあります。

概算ですが、健康保険が全国健康保険協会(協会けんぽ)東京支部への加入で、残業代や諸手当を含めた月給が36万円、40歳未満で介護保険料の負担なしの場合、H30年度の料率では健康保険料17,820円厚生年金保険料32,940円、これらの負担が全くなくなるのであります。

更には、原則賞与にも社会保険料はかかりますが、賞与の支払い月の月末に育児休業をしている場合、賞与についての社会保険料も免除されます。前述のケースで賞与が50万円支払われたとしますと、健康保険料24,750円厚生年金保険料45,750円が本来給与天引きされるわけですが、これについても免除されます。

そうなると、月給分50,760円 賞与分70,500円 計121,260円もの金額が免除されるのです。

もちろん、育児休業は無給の会社がほとんどですから、休んだ1日分は給与から控除されます。しかし、多くの企業で使用されている営業日ベースでの欠勤控除計算式にあてはめますと、営業日を20日、基本給+諸手当(残業代除く)を320,000円とするならば16,000円の欠勤控除となり、12万円と比べると全く痛くない金額です。

有給休暇ではなく、育児休業として月末に1日取るだけで、これだけの金銭的なメリットがあるのです。

更には育児休業中に給与が支払われない、もしくは低額の給与しか支払われない場合に、雇用保険からは「育児休業給付金」が支給されます。概算でご説明しますと、休業開始から6ヶ月間は、休業開始時の賃金(残業代や諸手当込み)の67%、7ヶ月目からは50%の支給です。これがまた、たった1日の育児休業でも支給される制度となっております。

こちらも前述のケースにあてはめてみると、育児休業給付金の金額は360,000円を30日で割り、さらに67%をかけた8040円。これだと控除される16,000円を下回りますが、例えば翌月の1日2日が土日でもともと休日(公休)だったとしましょう。育児休業給付金は、土日などの公休日に関係なく支払われる性質のものですから、月末の1日と翌月の土日の2日を合わせて3日分、8,040×3=24,120円 となり、休んだ分の給料以上の給付金が支給されます。にわかには信じがたい方もいらっしゃるかもしれませんが、事実給付は受けられます。

育児休業給付金は、給付金の額と給与の額を合わせてもともとの給与の8割を超えるのであれば、支給されないことになっています。それを考えると、翌月の給与はもともと休みなわけで、給与が減額されていないわけですから、一見支給の対象外のように思えます。ところが、雇用保険を扱うハローワークでは不思議な運用ルール(法律等の定めではない)が取られていまして、「育児休業中に給与の支給日がないのであれば給与は0とみなす」ということになっています。

従いまして、休んだ分の欠勤控除以上の給付金を受給できるうえ、多額の保険料免除という恩恵にも授かれるという現象が起きてしまいます。

どうでしょうか、1歳未満のお子さんがいる男性なら、「オレ、賞与支払い月の月末に1日だけ育児休業取ろうかな・・」と考えてしまうのではないでしょうか。

事実、6月や12月などの賞与支払い月に、月末に1日だけ育休を取るという現象が、数百人規模から数千人規模の会社では1~数名ほど出るという事態となっています。(人数についてはあくまで筆者の雑感です。誤解のないように付け加えておきますが、筆者からこの「1日だけ育休」を勧奨したことは一度もありません。)

本来の趣旨とはかけ離れた育児休業の使い方

社会保険料の免除や育児休業給付金は、あくまで長期の、少なくとも1カ月程度の育児休業を想定した制度といえます。「1日だけ育休」などという現象が起きることは想定していなかったのではないでしょうか。

保険料免除も育児休業給付金も、本来の趣旨とはかけ離れた制度の使われ方です。仕事でお会いする企業の人事の方からも、「制度上の不備ですよね・・」との声が聞かれます。一方で、理由の一つに挙げた「くるみん」取得に力を入れる企業の中には、企業側から「1日だけ育休」を勧め、これまでに述べた「大きすぎるメリット」を案内して取得させているケースも少なからずあるようです。

男性側が「育休取得のメリットがない」などと言い放ってしまうような世の中の風潮にまず問題があるのですが、企業側から「賞与支払い月の月末に取得するとオトクですよ!」と勧めることに疑問を感じる声もあります。もちろん全く法律違反ではありません。この制度を利用するのは、完全に個人の自由です。

以上、冒頭にお伝えした、「育児の質」どころではなく、それ以前の問題だというのがお分かりいただけたでしょうか。

大手企業の積水ハウスでは、男性に1ヵ月以上の育児休業取得を義務付けています。先進事例といえますが、このようなマインドの企業は、知名度の高い超優良企業でもまだまだ少ないといえます。男性の育児参加には、まだまだ時間がかかりそうです。

流浪の社会保険労務士

1983年生まれ。最後の氷河期世代。大企業向け社労士法人で外部専門家として培った知見を活かし、就業規則・人事制度・労務手続フローなど、労務管理をデザインする。社労士法人退職後は、シリーズAの資金調達に成功した急成長中ベンチャーに入社。2年後のIPOを見据えた労務管理体制をゼロから構築した。その後、M&Aに積極的な東証一部上場のIT企業にて、前例にとらわれない労務管理体制の改革や新制度の導入、グループ会社に対する労務管理支援を行う。

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