ジョブ型雇用は正社員の無期アルバイト化である①

  1. 社会一般
  2. 299 view

コロナ禍によるリモートワーク(テレワーク)が広まり、突如として「ジョブ型雇用」が話題となりました。一部メディアの主張で終わらず、NHKがドキュメンタリー番組で取り上げるなど、人事労務界隈に限らず、一般ビジネスパーソンの認知度も日に日に高まっているようです。

「ジョブ型雇用を導入」は本当か?

新聞を見れば、連日のように「〇〇(企業名)がジョブ型の人事制度を導入した。職務内容を明確化し、成果で評価する。」などという記事を目にします。

しかし、これらの「ジョブ型」が本物のジョブ型であるかは、かなり怪しいところです。といいますのも、以前のエントリー(参考:ジョブ型雇用は時間でなく成果で評価?移行への障害が時間管理?~非論理的な主張は意識高い「系」へのマーケティングか①~)でも長文でご説明いたしましたが、報道のされ方が間違っており、ジョブ型についての正しい理解が世間一般に浸透しているとは、とても思えません。2020年の夏ごろに使用された「時間でなくて成果で評価」という表現から「時間」は削除されましたが(間違いに気付いたということなのだろうか・・)、「成果で評価」というワードはいまだジョブ型を説明する定型句として生き残っています。100%間違ってはいませんが、そのようなアプローチでは、「偽ジョブ型」が量産されることは確実でしょう。

「職務を明確化し、成果で評価」だけでは足りない

ジョブ型雇用の説明でよく使用される文言は、「職務を明確化し、成果で評価」という表現です。

これまで曖昧だった職務を「職務記述書(ジョブディスクリプション)」によって明確化し、成果評価を取り入れよう!あなたの今期の職務と目標はこれです。はいこれ、職務記述書ね!期末になりました、目標の達成度合いからあなたの評価はAです。いままでの基本給は30万でしたが、A評価でしたので通常よりも多めに昇給することになり、来期の基本給は31万2千円となります。よかったですねー。

と・・・、これがジョブ型雇用なんですかね。人事労務の知識と経験のある方でしたら、ちゃんちゃらおかしいことに気付くはずです。これは、以前からある「目標管理制度(MBO)」と呼ばれるもので、ジョブ型雇用と対比される、日本の伝統的雇用慣行である「メンバーシップ型」の枠組みでも十分行えるものとなります。そもそも、給与の決定手法がジョブ型的な思想による「職務給」ではなく、極めて日本的な「職能給」のままとなっています。

これですと、「目標管理制度すらない」超がつくほどのメンバーシップ型である企業が、ようやく定期昇給に若干のメスを入れ、目標管理制度(MBO)による人事評価によって定期昇給に色をつける・・というだけとなります。全くもって、給与の決定手法に劇的に変化を与えるものでもなく、日本の伝統的雇用慣行である「メンバーシップ型」を根本から問い直すものではありません。

ジョブ型とは何か、職務給とは何か

いまいちピンとこない・・という方もいらっしゃるでしょう。義務教育や高等教育では教わりませんし、新社会人向けのセミナーやら企業研修やらでも扱わない事案ですから当然のことといえます。そもそも企業はどのようにして社員の給与を決定しているのか?といったことを、大半の方が「なんとなく」でスルーしています。

ではここで、日本(職能給)と諸外国(職務給)の違いを明確にしておきます。

  • 職能給:人に対して値段をつける
  • 職務給:仕事に対して値段をつける

はい、シンプルにいうとこのような整理となります。

「人に対して値段をつける」というと、「人を何だと思っているのだ!」と人権派の論客にお叱りを受けそうではありますが、当然人身売買の話ではありません。しばしば年功序列の闇として語られる「働かないおじさん」は、これが原因で発生します。働かないおじさん、これは仕事の内容に比して給料が高いことを指します。なぜそのような事案が発生するかというと、「人に対して値段をつけているから」です。職能給は、その人がどのような仕事をしているかではなく、その人の「職務遂行能力」によって決定されます。そしてその「職務遂行能力」が極めて測定の難しいものであるため、「毎年経験によって上がりゆくもの」と仮定したうえで賃金表が作成されるわけです。勤続何年目だからこの給料。異動で仕事が変わろうとも、能力に変わりはないはずなので、変動はしない。これが日本企業の給与決定手法です。

対して職務給とは、仕事に対して値段がつけられます。

A職務は月給20万、B職務は月給25万、C職務は・・・と企業活動における職務を細分化したうえで、その職務に対して値段をつけ、社員を割り当てていくわけです。

職務が変更されれば、それに応じて給与も変更される。これが職務給の原則です。

メンバーシップ型とは何か

日本的雇用慣行においては、異動や転勤に対する企業側の裁量が大きなものとなっています。営業の鈴木くんねえ・・彼は適性がないような気がするし、経理が忙しくなってきているから未経験だけど補助業務からやってもらうか・・、というような全く畑違いの部署への異動について、特に制限はありません。転勤も同様です。その強すぎる企業側の裁量に対して、バランスを取る意味で、一方的に労働契約を打ち切る解雇には厳しい制限が加えられているのです。先述したように、人に対して値段がついていますので、異動することによって給与が変わることはありません(勤務地や職務に対して発生する手当等の変動はあります)。その組織の「メンバーであること」、そこに重点が置かれているわけです。

若い社員は働きぶりに比べて安く、年齢を重ねるごとに働きぶり以上の給与がもらえ(生活保障という意味合いもある)、定年時点で均衡する。そのような賃金カーブを賃金表によって明確化し、定年まで「メンバーでいてもらう」ことを前提に、ジョブローテーションと称される「様々な職種の経験」を行わせ、(忠誠心を醸成しながら)末永く企業で貢献してもらえるゼネラリストを養成していくのであります。

なぜメンバーシップ型のままの「偽ジョブ型」ではダメなのか

職能給に加えて、強い異動・転勤裁量、強い解雇規制(終身雇用)、ジョブローテーションといった特徴を持つのが、メンバーであることが重要な、「メンバーシップ型」です。

ここが変化しない限り、成果評価を行おうが、職務記述書を発行しようが、メンバーシップ型の枠組みからは脱却できず、別エントリー(参考:ジョブ型雇用は時間でなく成果で評価?移行への障害が時間管理?~非論理的な主張は意識高い「系」へのマーケティングか③~)でご説明しました現代日本が抱える人事労務の諸問題を解決に導くことができません。この問題提起は、単に言葉の定義が間違っていることへの揚げ足取りではなく、「それじゃあ根本的な解決になりませんよね?」という指摘です。

メンバーシップ型からの脱却を、人事労務の諸問題を解決する手段と捉えられていれば、「偽ジョブ型」が蔓延することもなかったでしょう。ところが、「なぜか」リモートワークにおける諸問題を解決する手段として、議論の対象として祭り上げられてしまい、「情意評価が難しいから成果で評価⇒ジョブ型」「進捗管理、時間管理が難しいから職務範囲を明確化⇒ジョブ型」という薄っぺらい話になってしまいました。冒頭で触れました「NHKのドキュメンタリー番組」でも、誰もが知っている巨大通信企業がジョブ型を導入したという内容でしたが、「番組を見る限りは」ジョブ型ではなく、やはり「メンバーシップ型の枠組みの中に目標管理制度を取り入れた」というだけのお話に聞こえます。むしろ番組の後半で取り上げられた、物流倉庫で定型的業務を行う非正規社員こそがジョブ型雇用の典型例です。

それが「日本型ジョブ型雇用」なのだ!と言われればそれまでですが、それは全く新しいものではありませんし、定年延長による賃金カーブの維持困難や中途採用者を含めた納得感のある給与決定手法など、諸問題を解決する手段とはなり得ません。

そもそも、メンバーシップ型の枠組みであっても、ある程度の職務範囲明確化は当然行われるべきであって(異動を制限するという意味ではなく、その期に会社から与えられる役割という意味)、それすら行われていないのでリモートワークが大変です・・というのも、なんだかなあと思うわけであります。

次のエントリーでは、表題が持つ意味について、もう少し踏み込みたいと思います。同一労働同一賃金とも密接に絡む議題ですので、この程度では終わりません。

流浪の社会保険労務士

1983年生まれ。最後の氷河期世代。大企業向け社労士法人で外部専門家として培った知見を活かし、就業規則・人事制度・労務手続フローなど、労務管理をデザインする。社労士法人退職後は、シリーズAの資金調達に成功した急成長中ベンチャーに入社。2年後のIPOを見据えた労務管理体制をゼロから構築した。その後、M&Aに積極的な東証一部上場のIT企業にて、前例にとらわれない労務管理体制の改革や新制度の導入、グループ会社に対する労務管理支援を行う。

記事一覧

関連記事

男性の育児休業

男性の育児休業取得率6.16%の真実

平成30年度雇用均等基本調査による取得率は6.16%本年6月、厚生労働省が実施する雇用均等基本調査(速報版)の結果が公表され、昨年度の男性の育児休業取得率は6.…

  • 171 view

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

コメントするためには、 ログイン してください。