【残業代減だから改悪?】働き方改革の本当のアメとムチ~働き方改革の本質に迫る!②

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前回は、働き方改革全体をざっくりと見渡し、労働時間の上限規制などの主要施策以外にも、様々な試みや改正点があることをお伝えしました。

関連記事:パワハラ法制化も副業の促進も「働き方改革」の一環。残業抑制や有休5日取得以外の「働き方改革」~働き方改革の本質に迫る!①

今回からは、主要施策が目指すものとして、概要だけでなく本質的な部分に迫っていきたいと思います。巷では、「働き方改悪」であるとしたマイナスの見方もある「働き方改革」ですが、本当にそうでしょうか。確かに、会社側からすると有休取得日数の管理や、労働時間の上限規制に抵触する可能性のある労働者の管理等、負担が増大する場合もあります。しかしながら、労働者側からマイナスの意見が出ることも多く、その理由として挙げられるものには様々な誤解があります。

ここでは、働き方改革の本丸である、「労働時間の上限規制」「年次有給休暇の5日取得義務化」「同一労働同一賃金」の3つについて、会社側と労働者側、双方の誤解をすくい上げ、改革が目指す本質的なものを浮かび上がらせていきたいと思います。

働き方改革の本丸、3施策の概要

まずは施策の概要から。このコラムは改革の本質に迫ることが目的ですので、運用上の細かい留意点には触れませんので、ご注意ください。

・労働時間の上限規制

これまで、労働基準法では、事実上労働時間の上限はなく青天井でした。労使で締結する36協定に規定した労働時間さえ超えなければ違法ではありません。協定に規定する時間外労働の上限についても、厚生労働省の告示で1カ月45時間、年間360時間以内との定めがありましたが、年間6回を限度に月45時間超の時間外労働を行わせてもよい「特別条項」を設定することができ、特別条項に規定できる時間外・休日労働の上限は特に定められていませんでした。

それが、2019年4月(中小企業は2020年4月)より、1カ月45時間、年間360時間の上限を法律に格上げ、特別条項についても時間外・休日労働の上限は単月100時間未満、2カ月ないし6か月の平均で80時間以内とし、時間外労働のみの上限を年間720時間以内とするよう、法改正されました。

詳しい資料はこちら。

参考リンク:時間外労働の上限規制 わかりやすい解説

・年次有給休暇の5日取得義務化

10日以上の年次有給休暇(以下有休)を付与される労働者について、年5日以上の有休取得を義務付けられました。企業規模を問わず、2019年4月からの施行です。

詳しい資料はこちら。

参考リンク:年5日の年次有給休暇の確実な取得 わかりやすい解説

・同一労働同一賃金

正規と非正規の不合理な待遇差を禁止するものです。特に手当や休暇等の差異は、厳しく理由を問われることになります。2020年4月(中小企業は2021年4月)からの施行です。概略としては、こちらの記事をご参照ください

関連記事:同一労働同一賃金とは?~最低限の概要を知りたい人向けのわかりやすい解説~

働き方改革の本当のアメとムチ

さて、本題です。これらが本質的に目指すものは何か。経営側の視点に立つ方(必ずしも経営者ではない)の中には、労働者に対して甘い政策だ!と主張する方もいます。そして、いわゆるアメとムチの考え方から、「労働者にアメを沢山与えているのだから、解雇規制緩和などのムチを使用できるようにすべき」という論調に繋げてきます。

筆者は、解雇規制の緩和について、もっと積極的に議論すべき問題と考えておりますが、「働き方改革のアメに対するもの」という考え方は、少々ズレていると感じています。

何故か?そもそも、同一労働同一賃金はともかく、労働時間の上限規制や有休5日取得などは、アメではなく「当たり前」だからです。過労死や脳血管疾患・精神疾患等の労災認定基準にも該当するような長時間労働を行わせないこと。それは、当たり前ではないでしょうか。有休5日はもっとわかりやすく、法律で取得理由を問わず取得できるはずの有休を、最低5日取得させることがアメなのでしょうか。5日程度の有休が問題なく取得できること。これは当たり前のことです。「労働者を甘やかしている」などという論調は、かなり偏った考え方といえます。

アメは人手不足、ムチは究極の自己責任社会

あまり言及されていませんが、働き方改革の本当の「アメ」は人手不足による人材の売り手市場です。そして、「ムチ」は究極の自己責任社会。会社を信じるだけでは、自らの価値を上げられない、言い訳がきかない社会がやってくるのです。

人手不足については、上限規制と有休5日取得義務への対応で、人材獲得需要が高まるというわかりやすい図式かと思います。労働者は、職場を選びやすくなります。

では、究極の自己責任社会とはどういうことでしょうか。働き方改革への恨み節に答えていく中で、その意味を解説していきます。

ジタハラ(時短ハラスメント)は企業の問題

まず、整理しなければいけないのは、いわゆるジタハラ(時短ハラスメント)は、働き方改革が悪いのではなく、その趣旨をはき違えた企業のマネジメントの問題であるということです。

労働時間を減らすには、「業務の効率化」や「一人当たり業務量の削減」を行う必要があります。にも関わらず、現場の事情を無視し、単に早く帰宅させることだけを強要するからこそ起こる問題であり、働き方改革という政策の良し悪しとは関係のないことです。

残業代が減って生活が苦しくなったという主張【上限規制】

残業抑制について、「自分はもっと働きたい(稼ぎたい)のに!」という声がよくあります。こういった労働者の声を引用し、”反”働き方改革のプロパガンダとして利用する経営者もいます。この主張を深く読み解いていきましょう。

まず、働き方改革は「残業をするな」とは言っていません。前述の通り、上限が法律で定められたというだけです。特別条項がなくても、1カ月45時間、年間360時間まで時間外労働をさせてもいいわけです。特別条項があれば、更に枠が増えることになります。

今回法改正で定められた上限を超えて働いていた方については、確かに「働き方改革によって残業が減った」ということになります。しかし、そうではない方については、あくまで企業の自由な選択として、単純に労働時間(残業)が減ったということになります。

違法なサービス残業などをさせていない限り、残業減は人件費減につながりますから、働き方改革による社会的機運の高まりというきっかけがあるにせよ、改革そのものが残業代を減らしたのではなく、あくまで一企業の経営戦略として、無駄(と思われる)な残業を減らしたに過ぎません。

もう一つ、あくまで一企業の自由な選択として残業を減らしたという前提で考えることが出来れば、「基本給が自分の評価であり、残業代は自分の評価ではない」ということに気付けるのではないでしょうか。残業は本来、上司などから「残業命令」が出て行うものです。会社がコントロールするものであるわけですから、残業代を当て込んで住宅ローンなどの生活設計を考えるのは、あってはならないことです。(※固定残業代の場合は、残業時間が減っても同じ額が出ますので、自分への評価と考えて生活設計を行っても全く問題ないと考えます)

関連記事:給料を上げたいなら、まず給与明細と就業規則に興味を持とう

「残業代の減少」は、「残業代は、あくまで時間外労働させてしまってすいませんという手当でしかない」ということに気付くきっかけと考えることができます。自分への評価を客観視し、基本給が低いと感じたら転職や自社内のキャリアパス等を真剣に考えることが、今後の職業人生において重要になってくると感じています。

また、残業代は自分の評価ではないと認識したうえで、残業をガンガン行って稼ぎたいんだ、実際会社には仕事が沢山あるんだ、やらせてくれ!という主張もあります。経営側も、「もっと稼ぎたいという社員がいる!社員のやる気を削ぐ改悪だ!」と主張します。

しかしながら、上限規制の枠内であっても過労死や脳血管疾患・精神疾患の労災認定基準に引っかかるケースもある中、一社員がいいと言っているから問題ない、では済まされないでしょう。社員本人が希望して長時間労働を行ったとしても、会社は安全配慮義務を負っていますから、万一長時間労働による労災事案が起きた場合には、重大な責任を問われます。例え社員本人が厳しい責任追及を希望しなくても、家族(遺族)から追及されることがあります。社員も会社も、肉体と精神に猛烈な負荷がかかっていることを、まず自覚する必要があるといえます。

さらに、こういった主張をする社員や経営者は、長時間労働を美化しがちであり、ワークライフバランスという言葉を鼻で笑う傾向があります。社内で長時間労働を行う社員が礼賛され、周囲にプレッシャーがかけられるという状況は、不健全としか言いようがありません。

シニアや女性からは勿論、非昭和型価値観の労働者からは選ばれなくなり、(働き方改革がなくとも)人材獲得に苦慮することが予想されます。

筆者の同業者でも、本質的な意味を理解せず、長時間労働美化型の経営者に迎合して「働きたい社員」の声を大きく取り上げる者が存在します。残業減で、単純労働の副業に走る労働者を取り上げ、「働き方改革には闇がある」などと主張したりもします。あまりにも短絡的で、嘆かわしいことです。

スキルが身に付かなくなってしまう(身に付くまで時間がかかってしまう)という主張【上限規制】

残業代の減少と同じ程度によく聞かれるのが、上記の主張です。労働時間が減少するから、スキルアップの機会が失われるという主張です。果たして本当にそうでしょうか。

これもまず、残業代の件と一緒ですが、「残業させてはいけないわけではない」ということを念頭に置く必要があります。1カ月45時間「も」時間外労働して問題ないわけです。スキルアップというものは、月100時間にも及ぶような猛烈な時間外労働を行わないと達成できないものなのでしょうか。そんなわけはないでしょう。

とはいえ、残業代の件でも触れましたが、社会的機運の高まりにより、上限の枠内であっても残業を減らす傾向にある企業も多くなってきています。

社員それぞれが与えられた職務をこなし、そのうえでスキルアップの機会が設けられるのが理想ではありますが、「無駄を削ろう」とするあまり、本来の職務以外のことは全くやらせない、スキルアップの機会がなかなか与えられない(プラスアルファの仕事が与えられない)、ということは充分考えられます。

これは、「働き方改革とは徹底的な残業減のことである」と誤った捉え方をしている一企業の問題ではないかとも思いますが、一方で転職のハードルが下がり、ビジネス環境が激変する時代で終身雇用を維持することは限界だとの声も聞こえる中、(すぐ転職するかもしれない)一社員のスキルアップについて、会社がどこまで面倒を見るべきか、という問題もあります。結果、会社が丁寧に育て上げるというよりも、社員本人の自助努力に委ねるという選択肢になるのは、自然の流れともいえます。

そして、その流れの中で、会社が面倒を見ないのであれば、副業または複業(パラレルキャリア)で、新たな知見を得ることや食い扶持を見つけることを認めなくてはいけませんね、ということで、政府主導の副業推進が行われたわけです。勿論、その中には、残業代ありきで生活設計していたため、仕方なく単純労働の副業に勤しむ方も含まれてはいますが、そこだけにクローズアップするのは短絡的といえ、本質的な話にならないと筆者は考えます。

自分自身のキャリアは、会社に任せるのではなく、自分自身で考えて自助努力を行っていく必要性が今後ますます高まっていくということになります。

労働時間の上限規制について考えなくてはいけないことを、下記箇条書きにまとめました。

  • 過労死等の深刻な社会問題への取り組みであること
  • 残業代は自分への評価ではないと考え、今後の職業人生を真剣に考えること
  • 本当に仕事一辺倒の人生でいいのかと、人生全般について真剣に考えること
  • ダイバーシティが叫ばれる中、会社に忠誠を誓って無限定で長時間働く正社員像を改める必要があること(そうでないと人材が流出する)
  • スキルアップについては、会社まかせではなく、労働者自身が真剣に考えたうえで、自助努力を行う必要がある

労働者は、ワークライフバランスを重視して働く場所を選びやすくなります。ただし、キャリアについては、会社任せにはできないという流れが加速すると考えられます。全て自己責任で考えて、行動してください、という働き方改革の本質が見えてきたのではないでしょうか。

次回は、有休5日取得について、本質に迫ります。

流浪の社会保険労務士

1983年生まれ。最後の氷河期世代。大企業向け社労士法人で外部専門家として培った知見を活かし、就業規則・人事制度・労務手続フローなど、労務管理をデザインする。社労士法人退職後は、シリーズAの資金調達に成功した急成長中ベンチャーに入社。2年後のIPOを見据えた労務管理体制をゼロから構築した。その後、M&Aに積極的な東証一部上場のIT企業にて、前例にとらわれない労務管理体制の改革や新制度の導入、グループ会社に対する労務管理支援を行う。

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コメント

    • 山田太郎
    • 2020年 3月 26日

    こういう働き方の提案なり政策なりを目にすると「中央の人間の価値観でしかないな」と毎度思います。

    働きたい、稼ぎたい人が大勢いるなかで、副業を解禁する企業も出てはきましたがそれもやはり都会での話。

    過疎が著しい田舎では労働者の確保がほぼ無理で、しかも繁忙期には残業は確実。
    それ以前に通常営業すら人員不足でままならない大手スーパー、コンビニ、ホテル、季節労働(ビーチの監視員等々)などが多々あります。

    田舎のコンビニでは労働力が足りない中で、基本、月間171時間以内と規定されては稼ぎたい人は稼げず、店員1人あたりの客数が増え負担増、ワンオペも増えますし、なにより残業時間の上限を決められてしまって逆に今まで週2で休めていた店員を週1の休みに減らさざるをえなくなりました。他の店員の労働時間是正のためです。

    果たしてこれが働き方改革なのでしょうか?
    働きすぎではない人間が逆に休日を削られ働かされるような事が?

    国や企業から労働是正の強要をされたくはありません。
    働きたいか働き方を改革したいかは全てから独立した自己判断に任せるべきだと思います。
    会社から強要される事はもちろんあってはならない事ですから独立した意思表示を示せる制度等の整備の方が余程有意義です

    一部の人間には働き方改悪となっている事実もある。
    それを理解してもらいたいものです。

    • 山田太郎
    • 2020年 8月 23日

    うちは新入社員や若手社員はワークライフバランスとかいって定時退社、有給休暇完全取得してますが、われわれはその分残業、休日出勤でギリギリ対応しています。

    会社も、離職を恐れて若手ばかりチヤホヤせずに、中堅層で年間1000時間残業社員の仕事を減らすとか、真剣に考えて欲しいものです。

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